2022 アメリカ
監督、脚本 トッド・フィールド

世界最高峰と目されるドイツのベルリン・フィルで、初めて女性で首席指揮者に任命された天才、リディア・ターの運命の変転を描いた音楽ドラマ。
私はてっきりターのことを実在の人物だと思ってたんですが、よくよく調べてみると創作上のキャラクターだとか。
まずその点のみで高く評価してもいいぐらい、主人公の人物像に血が通ってることに私は驚きました。
だってね、本当に居そうなんですよ、こんな感じの人。
いかにも天才肌で頭が切れて、それでいて直感的で。
ほとんどが男性ばかりのコンダクターの世界で、一人気を吐いている女性って、どうしてもこんな風になっちゃうんだろうなあ、と普通に思えるのがすごいというか。
よほどクラシックの業界に精通していないと、ここまでリアルな女性指揮者を創造することは不可能だったと思う。
それだけで最後まで見れてしまう、ってのは間違いなくある。
ただ、専門的になりすぎたきらいは幾分あって。
音楽に詳しくない人にとっては「何を言ってるのかさっぱりわからない」と呆けてしまうシーンがいくつかあると思うんですよね。
あえて抽象的な物言いで、クラシックの内奥に迫ろうとする傾向もあるんで、それがつい眠気に繋がってしまう人もいるかもしれない。
オープニングから1時間ぐらいは特に何も起こらないんでね、そこを乗り越えられるかどうかが鍵でしょうね。
シナリオ進行自体がどこか散文的なんですよね。
これは監督の作家性なのかもしれないですけど。
どこか伝聞っぽい、実話ベースのように感じる、というのが今回みたいな映画の場合、どう判断するべきなのか悩ましいところ。
演出過剰にならないように、あえて物語の抑揚をコントロールしたというならすごいテクニックだと思いますが、こんなつもりじゃなかったが平坦な仕上がりになってしまった、という可能性も考えられますしね。
大きなテーマがはっきりと見えてこないんですよね。
色々あるんだけど、色々を全部同じ高さで盛り付けたとでもいうか。
例えばセッション(2014)のように、いびつな師弟関係に渦巻く音楽の狂気を描いてるわけでもないですし、一個人としてしての音楽家の生を追っているわけでもないですし。
そう考えると結局はリディア・ターの仮想伝記、として捉えるのが一番正しいのかもしれません。
つまりはケイト・ブランシェットの憑依されたかのような演技がこの映画のすべてだったのかも。
白眉は実際にケイトが指揮を担当して、本物のオーケストラが演奏を披露するシーンでしょうね。
私は決してクラシックに詳しい方じゃないけど、見てて全身総毛立った。
あ、リディア・ターって本当は実在してるんだ、こりゃ間違いないわ、だってこんなにも凄まじい緊張感、高揚感を門外漢が演出できるはずがないもの、きっとお手本があったにきまってる、とマジで思った。
あとから知ったんですが、ケイトが指揮したプロの演奏が音源として発売されてるらしいです。
それほどまでのものだった、ということでしょうね。
音楽映画数あれど、そんなサントラが存在するなんて話は聞いたことがない。
そりゃアカデミー賞にもノミネートされるわ、って。
エンディングがいまいちスッキリしないのが難と言えば難ですが(いろんな解釈はできると思うが、あまり座りの良い着地点とは思えない点で)ケイト・ブランシェットの演技を見るだけの目的で手にとっていい映画だと思います。
傑作、というのとは少し違う気もしますが、一人の女優が作品のすべてを牽引していると言う意味では稀有な一作といえるんじゃないでしょうか。