ザリガニの鳴くところ

アメリカ 2022
監督 オリビア・ニューマン
原作 ディーリア・オーエンズ

ある殺人事件を巡る容疑者の女の裁判の行く末を描いたサスペンス。

で、まず思ったのはザリガニは鳴かんだろう、と。

なにかの比喩だか暗喩なのかもしれんけど、ザリガニが鳴いてるのを私は聞いたことないぞ、と。

飼ってたこともあったけどさ。

原作本の原題はWhere the Crawdads Singで、直訳するとザリガニが歌うところだけど「鳴く」と「歌う」では全く語彙が違うぞ?と思うんですが、さてどうでしょうか。

まあ、いいか。

物語そのものは、ミステリというより大きくは人間ドラマっぽい作りになってます。

主人公である湿地の娘は、どのような生い立ちで、どのように育ち、地域でどういった存在で、なぜ容疑者扱いされているのか、それが過去に遡り、順を追って描かれることでやがて現在とリンクし、断片的なそれぞれのエピソードが意味をなしてくる構成でして。

なぜ主人公は冒頭で無罪を望まなかったのか、終盤まで追いかけてようやくわかる仕組み。

ぼーっと見てると気づかないんですが、ストーリーの基底にはアメリカ南部ゆえの根深い差別意識を問題提起する意図が渦巻いていて。

湿地の娘、別段何も迷惑かけてないんですよ、地域の人達に。

けれどよそ者だからという理由だけであらぬ噂をたてられ、ずっと昔から排斥され続けた挙げ句、証拠もないのに噂話レベルで犯人扱い。

もうね、事件の真相以前に、幼いころから理由なく忌み嫌われてる主人公の危うげな生活が気になって仕方ない。

味方は近所の雑貨屋夫婦だけなんですよ。

たった一人で知恵を巡らせ湿地で生きていこうとする彼女の姿に終始ハラハラしっぱなし。

なんだこれは、終戦直後の戦災孤児の話かよ、と私は思った。

それぐらい主人公は文明社会の恩恵にあずかれてない。

福祉に頼ろうとしない主人公の意固地さにも問題はあるんですけど、それにしたってもう少し誰か手を差し伸べてくれる人がいてもおかしくはない。

とても1969年のお話だとは思えない。

で、そんな風な報われぬ主人公の生き様を丁寧に描いていくことこそに、このミステリの大仕掛けがあって。

正直ね、終盤近くになってくると、犯人が誰なのか?とか、もうどうでもよくなってくるんですよ。

それよりも虐げられ続けた湿地の娘にこれ以上つらい思いをさせないでやってほしい、どうにか救ってやって欲しい、という気持ちのほうが強くなる。

そしたらだ、本当に最後の最後で全部ひっくり返してくるんですね、オーエンズは。

まー、あれこれ考え込んでしまいます。

湿地という大自然に抱かれて生き抜く娘は、何をお手本としていたのか?

正義や倫理以前に生態系が連鎖に組み込まれて生きていくというのはどういうことなのか?

そりゃ原作本、大ヒットするわ、と納得の濃密さでしたね。

主人公を演じたデイジー・エドガー=ジョーンズの演技もいい。

本格ミステリを期待すると幾分肩透かしかもしれませんが、社会派といってもいい切り口と、一人の女性の人生をまるごと描ききって謎あかしとする壮大さに感心しました。

良作だと思います。

最後までザリガニの意味はわかんなかったけどな。

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