RUN/ラン

2020 アメリカ
監督 アニーシュ・チャガンティ
脚本 アニーシュ・チャガンティ、セブ・オハニアン

糖尿病、不整脈、鉄過敏症などの複数の病気をかかえ、車椅子生活を余儀なくされている少女クロエの、母親との決別を描いたサスペンス/スリラー。

最初は、煽り文句にもある通り、いわゆる毒親と離別を描いた心理ドラマ、人間ドラマなのかな、と思ったんですよ。

いかに病弱で誰かの庇護下にないと生けていけない体だとはいえ、一人の女性としてクロエにも自分自身の人生を、誰にも頼らずに自分の力で歩む権利はある、みたいな内容の。

いやー、なんかすごく重そう、気楽に飲みながら見るわけにはいかんな、と構えてたりしたんですけど、見進めていくうちに、あれ、なんか違う、と気づく。

よく考えてみたらSeach/サーチ(2018)の監督が2作目にしてその手の路線に進むとは思えないし、そんな映画をあえてスリラーと呼ぶのはおかしいですしね。

主人公クロエが不自由な日常生活を送りながらも、ある日、小さなきっかけから母親の行動に違和感を抱き始めることから、物語はいきなりアクセルを大きく踏み込んで加速度を増していきます。

冒頭数十分で、これまで平穏に見えていた世界はすごいスピードで後ろに流れていき、不穏さと疑念が台風前夜の夜にも似た勢いで黒雲をたなびかせていく。

いやもう、焦った。

なんだこれ、何が起こってるんだ、みたいな。

展開の速さもあるんでしょうけど、緊張感とスリルの高ぶりが半端じゃない。

だって、主人公、内臓疾患をかかえた車椅子の少女ですよ?

自宅の2階へ至る階段すら自分の力では上り下りできないんですから。

しかも無理に体を動かそうとすると心臓がもたない、ときた。

この状況で母親に隠れて何かを探ろうだなんて、亀が徒競走で優勝するぐらい不可能なことなんじゃねえか?!とすら思えてくる。

アームチェアディテクティブだって、協力者なしにその才を発揮することは不可能なわけですから。

私の知る限りでは、ここまで主人公を徹底的な四面楚歌に追い込んだスリラーって、これまで存在しなかったように思いますね。

あれこれ思案を巡らせてみるんですが、どう考えても打開策、突破口が見当たらないんです。

それをですよ。

監督はまさに針の穴をついて堤防を決壊させるがごとく、細心の工夫、アイディアでもって、クロエにわずかばかりにチャンスをあたえ、真実を少しづつつまびらかにしていく。

手のひらに汗、見てて心臓に悪いとはまさにこのこと。

特に、二階の屋根を伝っていくシーンなんて怖すぎて数度声が漏れた。

縛りの設定の強固さもさることながら、それを上回る知恵と機転の作劇には唸らされんばかりでして。

もう、画面に釘付けですよ、膀胱がパンパンで尿意がのっぴきならなくても便所になんざ行ってる隙なし。

とにかく無事に脱出してくれ、と。

中盤以降、もう細かいことはあれこれ言わないし、多少の矛盾にも目をつむるからなんとか助かってくれ!という心情にほぼ支配されてたりした私なんですが、そのまま素直に「ああ、良かったね」で終わらないのがこの作品の凄まじさでして。

終盤で明かされる衝撃の真相には言葉を失いましたね。

もうほんとに何も書けないんですけど、全部ひっくり返してくるのか!と。

いや、それはないだろ、と最初から除外してた可能性に信憑性、説得力をもたらしめるシナリオライティングには、見事騙された!と悔しくて奥歯がへし折れんばかり。

お見事。

一級品のスリラーだと思います。

映画の面白さを久しぶりに堪能した気になった一作。

Searchは決してイレギュラーでもまぐれでもなかったことを証明した傑作だと思いますね。

ま、エンディングがね、ちょっと蛇足だったかな、と思わなくもないですが、ここまでやってくれたら文句なし。

料理する人間次第では凡庸になりそうな題材を、ミシュランガイド掲載も異議なしな出来に仕立て上げた研ぎ澄まされた逸品。

ちょっと褒めすぎかもしれませんけど、この手のスリラー、ど真ん中ストライクなんですよ、私。

オススメですね。

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