日本 2022
監督 石川慶
原作 平野啓一郎
愛し合って結婚したはずの男性が、名前も過去も偽りだったと後々知ることとなる妻と、その関係者を描くサスペンス調の人間ドラマ。
どっちかというとミステリな謎解きより、登場人物たちの心模様を細やかに描写することに心砕いてる感じですね。
原作が文學界に連載の後、読売文学賞を受賞してるらしいんで、そもそもが文芸じゃねえか、って話だったりはするんですが。
描かれているのは、出自という名の血のくびきにとらわれて、自らを解き放つことのできない男の悔恨。
今で言うところの親ガチャに失敗した子供は、成人後、何をよりどころとして生きていけばいいのか?が切々と綴られてます。
主演である安藤サクラを含め、出演陣の抑制された演技が素晴らしいです(榎本明は抑制されてなくていつもの毒満載ですけど)。
ああ、なんか久しぶりに大人向きの日本映画を見たなあ、というか。
121分があっという間でした。
自分がもし、彼と同じ立場だったらどのように生きていくんだろう?と、思わず視聴後に考え込んでしまう含みが物語にあるんですよね。
また、同時に、これって閉塞した不寛容社会に生きる現代人の変身(リセット)願望をあからさまにしているのでは?思ったり。
これが単一民族国家である日本独自のものなのか、もしくは諸外国の多民族国家にもあてはまるものなのかどうかはよくわからないんですが、葬り去ってしまいたい過去が自分の力ではどうにも出来ない形で突きつけられる苦痛は、立場は違えど理解できる。
なんかすごいどんでん返しがあるのかな、と思わせておきながら、すべてが「ある男」として生きる谷口の所在不明なアイデンティティに集約していく物語構成も巧み。
内容を振り返るなら、多少は冗長に感じてもいいはずなんだけど、そう思わせなかったのは監督の力量でしょうね。
ただね、少し辛口なことを言うなら、この作品で取り上げられているテーマって、これまでに幾度も論議、俎上に上った命題だったりはするんですよね。
一向に正しい答えが見いだせないまま時間ばかりが過ぎて、気がついたらコンプライアンスや多様性って言葉でごまかされて強引に蓋をされちゃったような気もする。
そこを正面から正論で突破しようとしたって無理ですしね。
SNS全盛、デジタル社会な時代に即した別の切り口もあったはずだと思うんですよ。
これはこれで決して悪くはないんですが、個人的には、見終わったあとで「ああ、これは生まれを否定する意味でのメタファーだったんだ」と気づくようなやり方のほうが更に強く印象に残った気もしますね。
じっくりと腰を落ち着けて見れる力作だとは思いますが、物語の作法が少し愚直で不器用だったかな、と思わなくもないです。
いや、面白かったんですけどね。
だからどっちなんだよ。