希望のかなた

フィンランド 2017
監督、脚本 アキ・カウリスマキ

希望のかなた

シリア難民である青年の手助けをしようとする、ヘルシンキの市井の人々を描いた人間ドラマ。

コメディ調の内容ですが、「わはははは!」と腹を抱えるようなシーンはほぼありません。

せいぜい「くすっ」ぐらい。

そこはお国柄なのか作風なのか判別つかないんですが、まあ徹底してオフビートですね。

いわゆるツッコミ不在状態。

観客側が「なんでやねん!」とつっこんでやるしかない。

また登場人物の誰も彼もが妙に感情表現に乏しくて。

ほとんど笑わないです。

総じて全員が「場を盛り上げよう」とか「楽しくやろうぜ」みたいなサービス精神ゼロ。

これまた国民性なのか、意図的なものなのかさっぱりわからないんですが、なんせ名匠と呼ばれるアキ・カウリスマキがメガホン握ってる作品なんで、なにかしら考えがあるんでしょう、きっと。

ただそんな作品の風合いが、ドラマそのものに異様な淡白さ、盛り上がらなさを加味していることは確か。

いや、ストーリー自体はかなり重めなんですよ。

シリア難民の青年は難民申請が却下されたばかりか妹と離ればなれで探すあてもない状態だし、そんな青年を法に背くとわかっていながら匿うレストランは潰れかけだし、とかく未来が見えない。

これ、例えばケン・ローチ監督あたりが撮ってたら理不尽さに怒りで震えて最後には革命運動に身を投じたくなるぐらい熱い映画になってたのでは、と思われますが、なんせ上述したように没感情気味に淡々とすっとぼけてる有様なんで「そんなに大変なことでもないのかな?」と思わず錯覚してしまいそうになる。

いやいや大変だろ!この状況!って、 あわてて途中で自分に言い聞かせてみたり。

打算や見返りを求めぬごくナチュラルな「善意」そのものを、さりげなさの中にあぶり出したかったのかなあ、と思ったりもしたんですが、ぶっちゃけ伝わりにくい、と私は思いましたね。

なんでこんなに喜怒哀楽がフラットな感じなの?という不思議さの方が先に立つ。

寒すぎて色々考えるのが面倒なのか?みたいな。

ちなみにエンディングは、どこかなんとかなりそうな映画の雰囲気に反して救いがありません。

しかもこれ、ほんと唐突に、いきなり奈落へと突き落としてくる。

唖然、ですね。

普通なら痛々しいとかやりきれない感情が渦巻くところですが、とかく温度差なしなままのもらい事故みたいな感じなんで、びっくりしてそれでおしまい。

なんなんだこの映画、というのが正直な感想ですかね。

実は物語の核にあるのは憤りや怒りではなく、ひどく現実的に「今この国で起きていること」を冷徹に描写することだったのかもなあ、と思ったりもしました。

カウリスマキ監督の作品を他にいくつか見てみないとなんとも答えが出ない感じ。

ちょっと他にはない手法であることは認めますが、なんかもうわかる人にしかわからない次元に行っちゃってるような気もしますね。

決して難解なわけでも敷居が高いわけでもないんですが、支持層は相当な映画マニアなのでは・・という気もしました。

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