林檎とポラロイド

ギリシャ/ポーランド/スロベニア 2020
監督 クリストス・ニク
脚本 クリストス・ニク、スタブロス・ラプティス

記憶喪失を引き起こす奇病が蔓延する世界で、病に罹患した男が少しづつ自分を取り戻していこうとする物語。

SFっぽい設定ではありますが、ストーリーが世界そのものに言及することはありません。

パンデミックが多くの人たちにどういう影響を与えたのか、政治や経済はどうなっているのか、その一切が不透明。

わかっているのは
①一度病気にかかると二度と記憶は戻らない
②生活支援を受けて、新しい自分を受け入れるためのプログラムを病院の指示通り行う
の2点のみ。

もし記憶が消えていく世界で暮らす(しかも治療不可)としたら、もっと大きな混乱や退廃にさらされそうなものですけど、作中では普通に社会は機能してるようで、え、ひょっとして凄く成熟してる福祉国家という前提なのか?と私は勘ぐったりもしたんですが、そこはあえてつっこまなくても大丈夫っぽい。

監督はコロナに蝕まれたここ数年の現実世界を、深く考えることなくモデルにしただけなのかも。

あとあとわかってくるんですが、作品のテーマ自体が、SF的世界観をそれほど必要としてないんですよね。

多分、記憶が消えていくという舞台環境だけが欲しかったんでしょう。

物語は、少しばかりの奇妙さを振り撒きながら至極淡々と進行していきます。

どこかねじくれたユーモアがあるのが妙な感じで。

全体的に落ち着いたトーンの映画なんで、これ、なにか裏があるってこと?と最初は訝しんだりもしたんですけど、どうやら作家性と考えるべきのよう。

だってね、病院の再生プログラムが、段階を踏むにつれて真剣にやってるとは思えないものばかりになっていくんですよ。

これはなにかの前振りなのか?と普通なら思う。

結局、微妙にデッサンが狂ってるかのような洒落っ気は、ヨルゴス・ランティモスの系譜ってことなのかもしれません(過去、助手を努めてたらしい)。

で、そのまま普通にぼーっと見てたら、シナリオ進行にさしたる起伏もないままエンドロールが流れ出し、なんじゃこれ、なんのオチもないやないか!とむかっ腹をたてる羽目になります。

そこで投げ出しちゃうとこの映画の本来の姿は見えてこない。

ま、わかりやすくはないですね、はっきり言って。

振り返るなら、ヒントは大量に散りばめられているんですよ。

けどそれを喝破するためには、ある程度の集中力を必要とすることは確か。

ただ、いくつかの小さな違和感に気づくことができれば、きっと芋づる式に真相は見えてくるはず。

さて監督は一体何を描きたかったのか?

記憶を失ってしまうことが必ずしも不幸だというわけでもない、と主人公は語らずして訴えかけます。

最後に主人公が居る場所、そして何を食ってたのか?を思い返してみてください。

そんなのが病院という公的機関に通用するものなの?という疑問はさておき、すべての謎が解けた時、失ってしまったものをどうあがいても取り戻すことの出来ない深い哀しみが、静かに胸を打つことは間違いないでしょう。

予想外に繊細で細部に神経を通わせた秀作だったと思います。

余計な説明やとっつきやすさを廃した分、広く支持されにくいかもしれませんが、10年後もどこかで噂になるのはこういう映画だと思いますね。

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