1990年初出 松本大洋
小学館ビッグコミックスピリッツ 上、下
約10年に渡ってチャンピオンの座を死守し続けるボクサー、五島雅の散り際を描いたボクシング漫画。
やりたかったことはわかるんですけどね、なんだろうなあ、ひどく現実味に欠ける、というのが正直なところですかね。
今でこそ井上尚弥という怪物が存在してるから「無敵」も信憑性を帯びてきましたけど、強さの根拠を「狂気」にだけ求められてもですね、ボクシングに詳しい人からするなら「そんなのだけで10年もチャンピオンから陥落しないほどボクシングは甘くない」としか言いようがないと思うんです。
知略、計略、プランニングあっての防衛ロードだということはもうみんな知ってますし。
怪物井上ですら、あらゆるパターンを想定、たゆまぬ努力を繰り返して本戦に挑んでいることは広く知られた話ですし。
ボクシング、ちゃんと見てますか?と問いかけたくなるというか。
ファンタジックなんですよね、とても。
まあ、ファンタジーならファンタジーでもいいんですけど、作者自身がファンタジーであることを自覚してない気がするんですよね、私は。
結果、それが胡散臭さを助長する。
例えば昔、小山ゆうの漫画でスプリンター(1984~)ってのがあったんですけど、この漫画がすごかったのは、競技者の行き着く果てに、死をも超えた多幸感がある、と描いてみせたことだと思うんです。
狂気ありき、じゃないんです。
結果として狂気が顔覗かせるから、恐ろしいのであって。
順序が逆なんですよね。
90年代の漫画なんで今の物差しではかることは酷かとは思うんですが、数々の名作ボクシング漫画が発表された後の作品だと考えるなら研究不足な気がしますね。
さすがの作家性も作品内容に貢献していない、と思える一作。