“徘徊老人”ドン・キホーテ

2000年初出 しりあがり寿
朝日新聞社

相変わらず秀逸なタイトルでお見事と言う他ない。

徘徊老人って・・・。

しかもドン・キホーテ。

家族だけの問題に留まらず、地域、社会の問題として取り組む必要のあるボケ老人の徘徊を、ドン・キホーテの奇行に当てこするつもりか、と読む前から少し笑ってしまった。

しかしまあ際どいところを突いてくるなあ、と。

2000年当時はそうでもなかったんでしょうけど、今だとこれ、弱者をあざ笑うのか!とばかり、コンプライアンス云々うるさく言われそう。

ま、読んでみればわかるんですけど、主人公の老人、全然弱者ではないんですけどね。

むしろやばいジジイだったりする。

下手に関わってはいけない系の。

作者が巧みだったのは、世間から眉をひそめられ、敬遠される「明らかにやばいジジイ」こそが、実は物事の本質を語っていないか?と暗に示唆したこと。

しりあがり寿お得意の逆説なわけですが、その役割をボケ老人に担わせ、ドン・キホーテを気取るってのがなんとも凄い。

根底にあるのは無力感なんですよね。

徘徊老人がなにか言ったところで誰も耳を貸さないし、気に留めもしない。

社会は変わることなく大量消費と利便性を旗印に人々を消耗させていく。

この流れを今更変えることなど出来ないことはわかってるけど、それでも言わずにいられないマイノリティ(老害?)の悲哀がこの物語にはある。

パンクロックかよ!と私は思った。

ずいぶんくたびれたパンクではあるんだけどさ。

利己主義に溺れず、それでいて衆愚にも埋もれまいとする主人公の反骨心が、失われた美徳のようにすら私には感じられましたね。

終盤、物語が、徘徊老人の贖罪の物語へとシフトしていく展開もいい。

人々は何に神を見たのか、虚妄する集団心理を描いた場面もアイロニックで強烈だったんですけど、最後に待ち構える廃ビル屋上のシーンが予想外に感動的で。

主人公は救われたのか、それとも救ったのか。

どちらにせよドン・キホーテの旅路に、終わりなどないのかもしれません。

介護士サンチョの役回りが最後まではっきりしないのが幾分消化不良を感じさせますが、ギャグ漫画で済ませられない読み応えがあることは間違いないです。

作者の名作の一つにカウントされていい出来じゃないでしょうかね。

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