ゲティ家の身代金

ゲティ家の身代金

アメリカ 2017
監督 リドリー・スコット
原作 ジョン・ピアソン

1973年に起こった、石油王ジャン・ポール・ゲティの孫誘拐事件を描く実話ものサスペンス。

恥ずかしながら私は、ゲティの存在も孫の誘拐事件も全く知らなかったんですが、簡単に調べてみたところによると、このじいさん、関連会社40社を統括し総資産50億ドル(円じゃないからね)を保有する大富豪でアメリカじゃ知らない人は居ないぐらいの有名人だったとか。

76年にはもう亡くなってるんですけどね、吝嗇家としても知られていて。

自宅に客用の公衆電話をおいたり、ホテルで宿泊中もルームサービスを使わず自分で洗濯物を洗った等の逸話が残されてます。

映画でもその人物像はほぼ忠実に再現されている感じでしたね。

で、題材となってる事件なんですが、なにがすごいって、このじじい、誘拐された孫の身代金を「払わない」とつっぱねるんですな。

腐るほど金持ってるのに犯人側の1700万ドルの要求が「高すぎる」と渋るわけです。

ここで払うと味をしめた連中がまた親族を誘拐するとか、もっともらしいことを言うんですが、それ「高い!」とかほざいた後に言っても説得力ねえだろう、って話で。

挙げ句になんとか身代金を値切ろうと交渉役に元CIAを雇う始末。

その反面、1700万ドルじゃきかない高価な美術品を金に糸目をつけずガンガン買い漁ってたりするんです、この人。

いやもう、清々しいまでの個人主義的な、価値観の倒錯した男だな、と。

でもまあ私の場合ね、そこにあんまり大きな驚きはなかったりするんです。

家族愛だとかヒューマニズムだとか他人を思いやる心が豊かな人物に、総資産50億ドルの財産は築けないですよ、やっぱり。

誰ひとり信用せずに数多のライバルを蹴落としてきたからこそ富豪になれたはずで。

小市民的に家庭や隣人を大事にする男が経営者としても超優秀で自社は名だたる大企業、ってほぼないパターンだと思うんです。

偏見かもしれませんが、どこかぶっ壊れてなけりゃ資本主義社会の上位には君臨できないだろうと。

なので、ああ、こういう男はそりゃ居るだろうな、と。

むしろ自分の欲望に忠実に、その流儀を一切曲げようとしない分、ひどく正直なのかもしれんな、と思った。

そりゃ周りの人間は大変でしょうけどね。

けど、こんな男に何かを期待しようと思う方こそが私に言わせりゃそもそも間違ってるわけで。

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物語は誘拐された子の母親の狂騒と、ゲティは本当に人の心を持たぬ鼻持ちならんやつなのか?みたいな部分に焦点をあて進んでいくんですが、序盤~中盤で私が気になったのはなんとなく母親であるアビゲイル・ハリスが馬鹿っぽく見える演出がなされていたこと。

もう、誰が見てもこの女じゃなにもできない、とわかる。

じじい、まるで揺るぐことなく唯我独尊状態。

定番ではありますが、事件を機に母親とのぶつかり合いを経て、ゲティがなんらかの変節を見せた、という流れならわかりやすかったとは思うんです。

けど作中に誰一人としてゲティを諌められる人物、押し負けないような人物が出てこないんで、結局終盤まで胸糞悪いじじいのピカレスクロマンみたいな状態になっちゃってるんですよね。

これはカタルシスを得にくい。

結果、こういうじいさんも居たんですよ、ってだけの映画になっちゃってる。

特に私の場合、前述したようにじじいの行動に驚きがなかったものだから余計です。

もちろん名匠リドリー・スコットですんで細かな仕掛けはあれこれ施されてます。

母子像を見つめるゲティのカットとかね。

でもどれもこれもがわかりにくいんだ、これまた。

エンディング間際の追走劇とか、盛り上がるシーンがないわけじゃないんですが、史実に新たな意味を付け加えるほどの出来とは言えなかった、といったところでしょうか。

映画マニアの評価は高そうですけどね。

決して退屈はしないが、今の時代に訴えかけるものは少なかった、というのが私の評価。

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