アメリカ 2017
監督、脚本 ダーレン・アロノフスキー
配給元であるパラマウント社の意向で日本公開が見送られたいわくつきの作品。
やれ、問題作だ、衝撃作だ、全米では非難が殺到した等、外野の声ばかりが先行して聞こえてくる作品ですが、私個人の結論からいうと「それほどでもない」ですね。
ちゃんと物語になってますし、落とし所も用意されてますし。
決して不可解極まりない内容、というほどのものじゃないですね。
極論を言うなら、ブラック・スワン(2010)のテイストにレクイエム・フォー・ドリーム(2000)の黒々とした痛々しさを掛け合わせたようなものなんじゃないかと。
アロノフスキーのやりそうな手口ですよね。
胸糞の悪さで言うならハネケのファニーゲーム(1997)の方がよっぽど上位に位置するのでは、という気がします。
で、この作品、簡単にまとめてしまうなら「大人のためのダークメルヘン」でいいんじゃないかと私は思うんですね。
ヒロインの救われなさに確たる理由が見いだせないものだから、あれこれ騒ぐ人が多いんでしょうけど、そんなの私に言わせるなら観察力不足。
この映画がリアルな現実を描いたものではないことぐらい、1時間も見ればわかろうというもの。
どう考えたって寓話的ですよね。
さらに言うなら、無条件に隣人を愛するダンナの挙動から推し量るに、彼の存在が宗教上の絶対者的象徴であることぐらいは簡単に想像できそうなものであって。
しかもご親切に、カインとアベルを思い起こさせる「兄弟の諍い」を描いたエピソードまで挿入されてるときた。
どう考えても元ネタは聖書。
いや、私は聖書を通読したことがないんで詳しくは知らないですよ。
けれどカインとアベルにかかわるネタとなれば創世記ですし、そもそも原罪扱ってるんだからハッピーエンドで終わるはずがなくて。
おそらく、この映画を批判する特定のアメリカ人たちは、自分たちが盲目的に信じる「教え」自体を非難されているような気になっちゃったんだと思います。
ロジックじゃないんです。
ヒロインに感情移入しちゃうと、悪いのはダンナだ!と結論付けるしかなくなるわけですから。
そこに自己矛盾が生じる。
そして「こんなのはダメだ!」とヒステリックになっちゃう。
アロノフスキーはこの作品を「環境問題を扱ってる」と嘯いたそうですが、ほんとこのオッサンは煮ても焼いても食えんな、って感じですね。
環境問題なわけねえじゃねえかよ!と。
めちゃくちゃ皮肉満載じゃないすか!と。
私の見立てではこの作品「神の独善性」を描いたものに他ならないですね。
それをストレートにぶつけないがためのまわりくどさ、粉飾が難解である、というのが実態だと思います。
筋立てがショッキングではありますが、終わってみればそもそも神話は残酷なもの、と納得できる内容ではないか、と。
暗示的な小道具やギミックを読み解くのも一興ではないでしょうか。
ごくシンプルに、よくできてる、と私は思いましたね。
多神教な日本で公開されていたら、また受け止め方も全く違ってたのでは、と考えたりもしました。