フィッシュマンの涙

フィッシュマンの涙

韓国 2015
監督、脚本 クォン・オグァン

製薬会社の臨床実験の結果、頭部が魚に変貌してしまった男の悲哀を描く一作。

いわゆる「治験バイトに行ったら副作用で魚人間になってしまった」ってな、都市伝説のようなネタが物語の核となるアイディアなわけです。

え?ああはい、みなさんがおっしゃりたいことはわかります、ええ分かりますとも。

ありえねえ。

クトゥルフ神話に出てくる「深きものども」じゃないんだから、ってつっこんだ人は多分大勢おられたことでしょう。

↑これね。

100歩譲って魚に変貌した、としても、そのままの姿で生きながらえるって普通に考えて無理ですよね。

あの巨大な頭部を脛骨がささえられるほど人間の体は順応性高くないし、遺伝子レベルでの書き換えでもない限り、肉体構造的に不可解な点がありすぎる。

治験で遺伝子が書き換えられるとも思えないですしね。

なので、ダメな人は見始めて数分できっと匙を投げてしまうことだろうなあ、と思います。

そこはもう金返せ的な。

半ばギャグともとられかねない設定ですしね。

ただ、これを「異形を現実に放り込むことによって社会の歪みを浮き彫りとする企み」と考えるならまた見方も変わってくる。

フィッシュマンの存在が明るみになって、韓国社会が彼をどう扱ったか、その一連の経過の描き方はなかなか見ごたえがあると言っていいように私は思いましたね。

実態の伴わない偶像に対する狂騒を経て、やがて沈静化に至るや否や根拠のないバッシング、まるでどこぞの国のマスコミとそのやり口はそっくり。

事実云々はどうでもいいからゴシップネタになればいい、という報道の空洞化ぶりは日本も韓国も変わらないんだなあ、と。

それを記者志望の青年の目線で描く、というのが小憎い。

フィッシュマンの存在が照らし出した闇は本当はなんだったのか、見ていて自然に考えさせられる仕組みになってるのも普通に上手い。

韓国社会のあり方が若い人たちをどう蝕んで、親子関係すら歪めているのか、社会派ドラマ並の饒舌さがあったことは確か。

重くなりすぎないようにコメディ調な小ネタをあれこれ挟んでくるのもセンスがいいと思いました。

「霧吹き」には思わず笑いが漏れましたしね。

過分にファンタジックながら、エンディングも決して悪くない。

フィッシュマンの最後の選択が意味するものに思いを馳せた時、やるせなさに憤りを感じた人はきっと私だけじゃないでしょう。

唯一問題点を挙げるとするなら、幾分シナリオライティングが雑なことですかね。

外堀はきっちり出来上がってる、と思うんです。

しかしながらそれを支える内部構造に精緻さがない。

大事なところを端折り気味なんですね。

もうちょっとゆっくり丁寧にストーリーを追っても良かったのでは、というのが正直なところ。

意欲作だと思います。

うけつけない人も一定数居るだろうなあ、とは思うんですが、こういうアプローチ、私は嫌いじゃないですね。

異形の悲哀が社会のよじれを顕在化させた作品として記憶しておきたい一作。

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