2011年初出 森泉岳土
エンターブレインビームコミックス
<収録短編>
祈りと署名
惜しまず与えよ
灯は消えてイリーナは
ハルはきにけり
トロイエ
夜は昵懇しく
作者最初期の短編集。
冒頭の3編は<イリーナ>シリーズと冠された連作。
墨を落として作画する独特の技法がまだ安定してない印象も受けますが、なんだかもう圧巻ですね。
私は夜よる傍に(2013~)を先に読んじゃったんで、物語より表現手法が先んじる人なのかな?と思ってたんですが、それもイリーナシリーズを読んで全部ひっくり返りましたね。
いやもうこれ、ほとんど心理ホラーだから。
ホーンテッド・ハウスもののように見せかけておきながら、やってることはイギリスの古典ホラー、ねじの回転(1961)に限りなく近かったりする。
そりゃ新時代の才能と絶賛されるわ、と納得。
こんなこと、デビューして間もない日本人の漫画家ができることじゃないですよ。
感性といい、センスといい、ヨーロッパ新進気鋭の映像作家か、って感じ。
登場人物の目鼻を描かず、ほとんど影絵状態でストーリーを紡いだ「トロイエ」も見事な出来。
ファンタジックながらも残酷で儚い、たった18ページの短編にあたしゃひどく惹きつけられた。
かと思えば「ハルはきにけり」で他愛のないユーモアを訥々と披露してたりする。
なんじゃこの振り幅は、と。
たいていの場合、私は新しい世代の斬新なアプローチとやらに懐疑的で、実際にこりゃ凄い、と思ったこともほとんどないんですけど、森泉岳土は間違いなく本物ですね。
広い層に大きく支持されるタイプではないかもしれませんが、こういう描き手をニッチなまま知る人ぞ知る存在で終わらせてはいけない、と強く思いました。
漫画以外のジャンルにも挑戦してほしい、と思ったり。
日本の漫画文化はどんどん大人の読み手を必要としなくなってきてますから、他の分野のほうがこの人の才能を活かせるのでは、といらぬお世話を焼きたくなったりしましたね。
熟練の読み手に読んでほしい一冊。
こういう漫画作品こそがアートと呼んでいいじゃないでしょうか。