鉄の旋律
1972~74年初出

何故か近年、この作品を少年チャンピオンでリメイクしてましたが、数ある手塚作品の中で、なにゆえこの「鉄の旋律」なのか、正直よくわからんといいたくなる水準で本作、微妙な出来だったりします。
他に2編の短編が収録されてるんですが、総じて暗いです。
ブラックジャック前夜のこの頃の作品は先生の精神状態を反映してか、どれもぱっとしない印象。
手塚はもう終わった、と言われていた時期の作品ですが、納得するほどではないにせよ、強硬に反論する材料もみあたらない、といった感触はやはりありますね。
多くの編集者や読者の評価を覆して再び黄金期が到来するのは73年以降です。
このあと、漫画の神様は再び第一線に躍り出ます。
ブラックジャック
1973年初出

あまりにも有名すぎるこの漫画に今更一体何を書けばよいのか、といった感じではあるんですが、久しぶりに再読してみて、まるで変わらぬおもしろさに仰天、落涙した次第です。
いやー泣かされた。
で、感動した。
バカみたいに毎日漫画読んでるスレたオッサンの心をここまで動かすのだから、やはり本物だ、とつくづく思わされました。
医学知識の不備による荒唐無稽さを指摘されて当時は結構糾弾された漫画ですが、そんなことは本当にどうでも良いと思える完成度。
というかもう、マジでそんなのなんの否定材料にもならない。
手塚治虫が描こうとしていたことはそんな事じゃない、ってぐらいのことはこの漫画に心動かされた人ならきっとわかることと思います。
少年漫画として、これ以上何を望むのか、とあたしゃ言いたい。
アウトサイダーが活躍する医療をテーマとした漫画として、人間ドラマとして前人未踏であり、まさにオリジナルであり、先駆であり、いまだ誰一人としてこの分野で同じ頂に足をかけた漫画家は存在しない、と私は思います。
これを名作と呼ばずしてなにを名作というのか、のレベルですね。
火の鳥と双璧をなす代表作でしょうね。
ゴッドファーザーの息子
1973~82年初出

主に少年ジャンプに掲載された短編を集めたもの。
表題作であり、自伝的内容である「ゴットファーザーの息子」がやはり一番良くできているか、と思うんですが「ずんべら」も学園推理ものの先駆けのような内容で、思いのほか秀作。
これが続いていたらおもしろかったのに、と思ったんですが連載には至らなかったようです。
早すぎたか。
後の金田一少年の人気ぶりを鑑みるに、続いていれば伝説的作品になったような気もするんですが。
なかなか興味深い1冊ですね。
ユフラテの樹
1973年初出

人間を超人化する魔法の木の実を巡って、3人の中学生が、それぞれのエゴから禁忌をやぶって世界を破滅に導こうとする、という内容の学園もの風SF。
創世記にでてくる知恵の木の実を元ネタに発展させたか、と言った内容で、まあ、悪くはないんですが正直子供だましか、と。
オチも投げやりな感じです。
スケールの割には世界が広がらなかったのが敗因でしょうか。
う~ん、熱心なファン向けでしょうね。
ミクロイドS
1973年初出

アニメ版のミクロイドSは、ミクロなヒーローを立脚せんとする勧善懲悪を強調した作品でしたが、原作に当たる本作は昆虫が一斉に人類を攻撃しだしたらどうなるか、という仮想を描いたパニックSFの傑作だったりします。
これを原作のまま映像化して欲しかった、とつくづく思いますね。
うまい人が撮れば国産特撮映画の歴史に楔を打ち込む記念碑的作品になっていただろうになあ、と。
ちょっと思い返してみても昆虫が大挙して人を襲う作品、ってソウル・バスのフェイズⅣぐらいしか思いつかないですし。
これがまた皮肉なことに同年公開だったりするんですけどね。
ああくそ、日本でも漫画の神様が近いアイディアを形にしてるのに、それを評価する環境が整ってなかったか、とちょっと悔しかったり。
子供向けにわかりやすいようにサービスされている部分はいくつかあるんですが、こういうパニックSFって漫画の世界じゃ当時、ほとんど描かれてなかったように思います。
先駆的だし、無差別に襲われるスリルに手に汗握る緊張感もあり。
ミクロイドというキャラ造形も、重いテーマの終末的世界観を描く中で、少年読者を突き放さないうまさがあると私は思いました。
あまり人気は出なかったみたいですが、隠れた名作だと思います。
大人の視線で読んでこそ色んな発見がある優れた1作。
おすすめですね。
メタモルフォーゼ
1974~77年初出

月刊少年マガジンに連載された「変身」をテーマにした連作短編。
突出した一作は特になかったりもするんですが、「すべていつわりの家」や「おけさのひょう六」の出来はなかなかのもの。
先生らしい一冊。
安心して読める安定感があるなあ、とは思いました。
少年漫画なのにもはや円熟味がある、と表現してもいいかもしれません。
多分本作が先生最後の短編集になるのでは、と思います。
日本発狂
1974年初出

タイトルからして凄いことになってるんですが、やはりこれは「日本沈没」のもじり?などと思ったりもするわけです。
高一コースに連載された、死後の世界をテーマに幽霊の存在を解き明かそうとする一作なんですが、いやはや支離滅裂。
正直これはちょっとひどいと思う。
死後の世界に戦争があって円盤が飛んで収容所って、何故これを死後の世界とする必要があるのか、という話であって。
落とし所として、なにか別の構想があったのでは、という気もするんですが、そこまでたどり着いていないんですね。
うーん、失敗作でしょうね。
ま、こういう作品もありますってことで。
三つ目がとおる
1974年初出

やや荒唐無稽でこじつけと思えるような謎解きもあり、漫画ならではの適当さが危うかったりもするんですが、それでも普通以上におもしろいんだからさすが手塚治虫としか言いようがない1作。
あまり自信はないんですが、漫画における伝奇ミステリ、伝奇ファンタジーとしてはその先駆け、と呼んでもいいのが本作ではないでしょうか。
特筆すべきはやはりキャラ設定の見事さ、だと思うんです。
主人公写楽が、実は高い知能をもち超常能力を使うにもかかわらず、バンソーコ一枚でその能力を左右されてしまう、ってのが最高に良くできてると思うし、母性豊かな和登さんとのコンビで古代文明の謎に挑む、という展開も、シャーロックホームズのもじりながらそれを意識させないほど独自性に溢れていると思います。
少年の頃、いったい何度繰り返し読んだかわからない。
さらにはストーリーに知的好奇心をゆさぶる巧みさがあるんですよね。
何故か当時読んだ講談社マガジンKC版は6巻までしか発売されておらず、どうして続きが出ないのか少年心にやきもきしたものですが、結局そのまま続巻は発売されず。
後に発売になった全集ではすべての原稿が収録されたのですが、これがものの見事に未発表原稿はさっぱりおもしろくなく、ああ、先生が単行本化を許可しなかったのだな、と推察。
なので初めて読む人は全集の1巻から読むと「え?こんなもの?」と肩すかしを食らうおそれがあるので注意。
初読の方は雑誌発表順に収録されている単行本で読むことをオススメします。
多分、全然評価が変わってきます。
私の評価は一番最初に単行本化された6冊に対するものではありますが、先生の数ある代表作のうちのひとつであり、間違いなく後世に残すべき傑作なのは確かだと思います。
シュマリ
1974年初出

明治維新直後の北海道を舞台に、未開の荒野に悪戦苦闘しながら生き抜こうとする主人公シュマリを描いた歴史大作。
最初のプロットは侵略されるアイヌ人部落と内地人の紛争をシュマリを通して描く、みたいな感じだったらしいのですが、あちこちからクレームがきたらしく、アイヌ民族の悲劇についてはほとんどといっていいほど描写されていません。
物語はシュマリという型破りな風来坊が頑固一徹に過酷な風土や体制の迫害に立ち向かう展開に終始。
なんとなく一連の本宮ひろ志や小池一夫のマンガ風ではあります。
先生がその手の劇画を意識されたのかどうか分かりませんが、広げられた風呂敷の大きさの割にはテーマ性は希薄。
方向転換を余儀なくされた末のストーリーテリングなのだと思いますが、方向転換した結果ですらこれだけのものが描けるのか、という感嘆と、本来のプロットどおりのものが読みたかった、という失望感が半々、といったところでしょうか。
シュマリの豪放磊落な生き様はどこかマッチョイズムな感じで、それ故時代を反映して一定の層にはとっつきやすい作品だと思いますが、あまりにヒロインのお峯さんがかわいそう、という気がしなくもありません。
人気の高い一作ですが、個人的にはらしくない、といった印象もあり。
結局、いつの時代も覚悟のない出版社が表現の足枷になるのかもなあ、と思ったりもしました。
一輝まんだら
1975年初出

2.26事件で近代史に名高い北一輝を多面的に描こうとした人間ドラマ。
残念ながら未完。
連載していた雑誌の編集方針が変わったため連載が続けられなくなったらしいんですが、そりゃ漫画サンデーでこの内容はなあ、と思わなくもないです。
75年以前の漫画サンデーがどんな雑誌だったのか、詳しくはしらないんですが、大人のためのお色気、ナンセンス漫画と軽い読物でご機嫌を伺う、って印象でしたし。
物語は1900年の中国から始まり、主人公の北一輝が登場するのは後半から、というスロースタートな内容となっており、狂言回し的な存在の三娘の活躍が前半のほぼ全部を占めています。
しかし手塚先生はちょっと頭の弱い不細工な女を魅力的に描くのがうまいなあ、と思う。
今なら完全にコンプラ的にアウトでしょうけどね。
別に北一輝が登場しなくとも動乱の時代に運命を翻弄される三娘の生き様を描くだけで充分ドラマとして成立するように私は感じました。
三娘のその後が読めない、ってのがはがゆい。
シリアスな内容なのに、どこかコメディタッチ、と言うのが魅力的だと思います。
先生にしてはどこか冒険的、と思えるだけに終わらなかったのは残念。
どろんこ先生
1974~75年初出

読売新聞日曜版に連載された1回3ページほどの連作短編。
ちょっとすっとぼけていて熱血漢な先生の奮闘記、ってなところでしょうか。
まあ特にこれといってどうだ、というほど特徴ある内容でもなくて困ったものです。
併録されている「ぐうたろう千一夜」の方が手塚先生らしいSFマインドがあり、楽しく読めました。
よくあるパターンではあるんですけど、第二話女隊長デルマとかぐっとくるわけです、やはり。
こういうSFに限って続かない、人気が出ないというのが残念なかぎり。
MW
1978年初出

何故か09年映画化されましたが、なにゆえこの作品?と思いましたねえ。
もっと出来のいい作品はいっぱいあるのに、と。
悪徳を行使するスリルを描いた、インモラルでタブーな作品にしたかったようですが、結局アラバスターと同じでこの手のテーマを先生はいつも上手に消化出来ないんですね。
賀来神父は完全に人格が破綻してるし、澄子はなんの役割で物語に登場してきたのかさっぱりわからないし、なにより主役の結城を魅力的に描けなかったのが致命的。
もっとお耽美にフェロモン満開な中性的キャラだったらまた違ったか、と思うんですが、あまりに共感できる部分、いや、共感できないまでもなんだか惹かれる要素、みたいなのが、本当になくて。
それにこの描き方だとある意味ゲイに対する蔑視、ともとられかれない、と思うんですね。
読者としてはどこに目線を合わせていいのかわからない。
単純に政治悪を憎む復讐者の話で良かった、と思うんです。
同性愛の問題や宗教、モラルについてまで同時に平行して描こうとしてよくわかんなくなってる印象を私はうけました。
知名度の高い作品ですが、どうにも好きになれない一作ですね。
ユニコ
1976年初出

今はなき少女漫画雑誌リリカに掲載された作品。
伝説の一角獣であるユニコーンの子供、ユニコを主人公にしたディズニーアニメ風の寓話、というかおとぎ話。
美の女神、ビーナスの反感をかい、時空を超えて常にさすらわねばならないユニコの数奇な運命を描いた物語なんですが、時空を超えるたびに記憶を消されてしまう、という設定になってまして、もうなんていうかですね、大人の保護欲を恐ろしいまでに刺激する漫画ではあります。
あまりにけなげではかなげで数ページ読んだだけで私はわなわなと震えてしまいました。
「ぼくなにもおぼえてないの。なにもわからないの」
と、毎回ユニコはオープニングでつぶやくんです。
思わず目頭を押さえて、よしわかった、あとは全部おっちゃんにまかしとき、なんも心配はいらん、ついてきたらええ!となけなしの義侠心をありったけさらけだしてしまいそうになることうけあい。
ユニコの造形のかわいさも他の著作に比べて群を抜いています。
久しぶりの少女漫画、と言うことを先生は意識したのか、もうセーブすることなくなにもかもまるまっちくてファンタジックで。
はっきりいって内容や設定に若干の強引さはあるんですが、手塚少女マンガの集大成とも言えるこの作画の美しさは一読の価値有り、といえるでしょう。
ちなみに本作、禁断の左開き漫画。
恐ろしく読みにくいんですが、何とか乗り越えましょう。
未来人カオス
1978年初出

ちゃんと調べてはいないんですが、先生が最後に描いた少年SFでは、と思います。
残念ながら未完。
しかしながらこれがですね、やたらとおもしろいんです。
なぜこれが打ち切られてしまったのか不思議に思えてくるぐらい、アイディアと創造性の宝庫で、これこそがSFファンタジーだよなあ、と私は膝を打ったりもしました。
返す返すも終わらなかったことが悔やまれます。
80年代前夜、という時代が逆風になったか、という気がしなくもありません。
若干ですね、あれこれ詰め込みすぎて迷走している感はあるんですが、クローンが流刑星に移送、に始まって異星人とのファーストコンタクトに至り、寄生する知的生命体な嫁に異星での王位争奪劇に人知を超えた善と悪の存在など、これでもかとばかりに大盤振る舞いな内容は全く先が読めず、実にスリリング。
どこへ話を持って行くべきか悩みながら描いてるのでは、と思ったりもするんですが、その分瞬発力の高さ、あらざる宇宙を構築するイマジネーションの豊かさ、振り幅の大きい急転直下なストーリーテリングは他の作品と比べても群を抜いていて、やたらと楽しかった、というのはありました。
この頃そろそろ台頭しつつあったニューウェイブと呼ばれた作品群や、いわゆるオタク文化の萌芽にもう先生はついていけなかったんだろうなあ、という印象を抱く人もいるかも知れませんが、多くの80年代ポップカルチャーが立ち腐れていったことを振り返るなら、そこはついていく必要もないだろう、と私は思うわけです。
同時代性という意味で受け入れられなかっただけで。
そりゃもう仕方がない。
手塚冒険SFの秀作として、本作は未完ながらもっと評価されるべきだ、私は思ってたりします。
こういうSF漫画って、希少だと思うんですね。
想像力をかきたてる別世界への扉がこの作品にはあります。
いや、好きですね、こういう漫画。
マコとルミとチイ
1979~81年初出

先生の家庭を題材にした子育てエッセイマンガ。
今では1ジャンルとして成り立っている「子育てもの」ですが、現代の作品と比較しても何ら遜色ありません。
さすが先生だなあ、と思うのは単に日常の描写だけにとどまらず、子供と神様の対話を織り込んでみたりなど、あれこれ工夫の跡が見受けられること。
主婦の友掲載の作品であっただけに色んな試行錯誤もなかなか理解されず、最終的には軌道修正する羽目に陥ったらしいんですが、それでもきちんとオチがあってだらだらとエッセイ風に描きとばしていないのはさすがの一言。
しかし本当に手塚治虫は子供を生き生きと描写するなあ、と思う。
絵を見てるだけで楽しい。
らしからぬ異色作ですが読み応えあります。
ドン・ドラキュラ
1979年初出

実はこれこそが手塚先生の最高傑作なのではないか、と思うほど個人的に偏愛しているのがこの「ドンドラキュラ」だったりします。
そんなわけない!って一斉につっこまれそうですが。
ブラックジャックの後の連載だったので、なにかとブラックジャックに比較されて人気のでなかった本作ですが、なぜこれがおもしろくないのだ、と当時本気でチャンピオン読者を呪いましたね、私は。
手塚先生のコメディセンス、ギャグセンスの最も良質なエッセンスが抽出された作品であり、吸血鬼喜劇の最高峰に位置する一作である、と断言してはばからない次第です。
3冊で終わってしまったのが残念でならない。
チョコラのかわいさが筆舌に尽くしがたい、ってのも魅力のひとつ。
これ、漫画におけるロリコンキャラのはしりじゃないのか?と思ったり。
あ、吾妻ひでおのほうが先か、失敬。
壮大な人間ドラマやSFファンタジーが先生の十八番、と思ってる人には是非読んで欲しい一冊ですね。私にとって愛読書、という言葉がもっともふさわしいシリーズです。
まあ、そんなことを言ってるのは私ぐらいのものなんでしょうけどね。
・・・でも、面白いと思うんだけどなあ、イボ痔のヘルシング教授とか登場する吸血鬼ものなんて、この作品ぐらいですよ、ほんとに。
腹を抱えます。
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