七色いんこ
1981年初出

ドン・ドラキュラの人気が低迷したこともあり、再びブラックジャックのようなものを、ということでしょう。
演劇の世界を舞台に、代役専門のアンチヒーローを描いた作品ですが、とりあえずキャラ設定に無理がある、と私は思いました。
いかに天才的とはいえ欠員補充みたいな形の舞台役者にそれほど高いニーズがあるとは思えないし、ましてや本業は泥棒だなんて、どう考えてもすぐに足がつくだろう、と。
とても生業としてやっていけそうに思えない。
広く演劇の題材となった物語を知ることができたのは収穫だったんですが、やはりどこか二番煎じな感触はつきまといます。
タイトルからしてなんだか冴えない、と思ったりも。
まさか七色仮面のもじりだなんてことはないと思いますが、もう少し何かなかったのか、というのは感じましたね。
きちんと演劇の資料を漁って描かれたのであろう、濃い内容の作品なんですが、どこかボタンを掛け違えてしまった印象を私は受けました。
色々惜しい、というのはあるんですけどね。
プライム・ローズ
1982年初出

ローファンタジー調の長編SF。
中世的世界観を下敷きにしたファンタジーって、リボンの騎士以来ではないか、と思ったりもしたんですが、あれはあれでまた別物か。
やたら露出の高い主人公のコスチュームは当時アニメにもなって人気絶頂だったコブラへの対抗心か、それとも時代に置いていかれまいとしたのか、どちらにせよ、先生、全くエロくないです。
まあ、ここは微笑ましく受けとめるしかないのでしょうなあ。
中盤ぐらいまでは類型をなぞりながらも緊張感のある展開で非常におもしろいんです。
びゅんびゅん話が飛びまくるんで耐性のない人はついていけない可能性もありますが、私はこういうの嫌いじゃない。
問題は終盤。
うまくまとめられなかったのが如実に伝わってくる、全てをご破算にするかのようなエンディングには正直失望。
先生が単行本化を許可しなかったのがよくわかります。
いずれ書き直す予定だったらしいんですが、その前に亡くなられてしまい、改訂版は永遠に日の目を見ることなく結局連載当時のまま出版へ。
言っても仕方のないことではあるんですがが、これをどう手直しされるのか、見てみたかったですね。
連載途中に90分アニメ化もされたんで、決して人気がなかった、と言うわけではないと思うんです。
化ける可能性は大いにあったと思います。
死の直前まで、本当にお忙しかったのだろうなあ、と在りし日に思いを馳せたりする作品ですね、私にとっては。
アドルフに告ぐ
1985年初出

アドルフヒットラー、市井のユダヤ人のアドルフ、ナチの幹部のアドルフカウフマン、そこに日本人、峠草平を交えて激動の戦前、戦中、戦後を描いた歴史ドラマ。
タイトルは「3人のアドルフ」でも良かったかも知れないですね。
ただまあ登場人物の名前が同じアドルフである必然性はさほど物語にはなかったりもするんですが。
戦争に翻弄されてゆがんでいく3人のアドルフの関係性は重厚なヨーロッパ映画でも観ているかのようなシリアスさで、特に最後の顛末は文芸大作でも読んでいるかのようなやるせなさです。
半端じゃないスケールとヴォリューム。
これだけ登場人物の多い複雑なストーリーの作品で、全く破綻していないのがお見事。
全てが収まるべき所へ収束してます。
こういうマンガって今ないよなあ、と思ったりもしましたね。
あれこれ迷走した挙句、混乱したままお話を結んで困ったことになってる作品も多い先生ですが、本作に限っては高い完成度を誇っているように思います。
晩年の代表作の中に数えられてしかるべき一作でしょうね。
ブッキラによろしく
1985年初出

性格の屈折した天然3流タレント、根沖トロ子を主人公に、何故かトロ子にだけなつく謎の子供の妖怪ブッキラをコミカルに描いたオカルトコメディ。
あんまりぱっとしなかった作品だし、どうもうち切られたっぽいんですが、私は昔からこの作品がなんだか好きで。
こういうキャラのヒロインで怪奇現象を軸にストーリーを回していく、ってちょっと他にはあまり見あたらないように思うんですね。
各話の出来も、 すこぶる良い。
「猿の手」の回なんてコメディどころか、質の良いホラーと言ってもいい出来で、どろろにも肉薄するミステリアスさ。
妖怪の正体として「粘菌」を考察した回もお見事。
時代にそぐわなかったのか、当時のチャンピオンの誌風にあわなかったのか、不人気の原因はわからないんですが、もうちょっと続いて欲しかったと思うシリーズの中のうちのひとつ。
おもしろい、と思うんですけどねえ。
私の個人的な評価は高いです。
ゴブリン公爵
1985年初出

中国の遺跡から発掘された巨大人型兵器、燈台鬼を巡って、それを平和利用しようとする組織と、悪用しようとする側の攻防を描いたSFアクション。
雛形は魔神ガロンでありブルンガ1世であり、昔から先生が得意としたパターンで、正直それほど新鮮味はないです。
先生の作品ではおなじみのキャラ、ロックが出てきた時点である程度エンディングの予測はついたんですが、まあ、おおむね思った通りでした。
主人公とおぼしき少年が本当にもう頭の中が空っぽなマヌケ野郎で共感しにくく、それも本作を過去作の焼き直しのまま貶めている要因のひとつか。
唯一おもしろかったのは燈台鬼のデザインとその機能で、頭の蝋燭が消えちゃうと動力停止ってのは奇抜でよくできたアイディアだ、と思いました。
燈台鬼というキャラ(メカ?)は他にない個性があるように思うので、登場人物を総入れ替えして物語を編みなおして欲しい、と思ったりもするんですが、誰かやってはくれまいか。
先生が亡くなられた後に遅れて出版された作品ですので、先生本人がいつかは描き直しを、と考えておられたのかもしれません。
色々もったいない、と思ったりもしますね。
ミッドナイト
1986年初出

ブラックジャックがあまりにヒットしたがために、その呪縛から逃れることが出来ず、二番煎じ、三番煎じとして連載された作品、といっていいでしょう。
アウトローで一匹狼な無免許タクシードライバーの話なんですが、これがねー、かなり微妙です。
そもそもですね、命を救うための卓越した技術の存在があったからこそブラックジャックは無免許でも成り立ったし、アンチヒーローとして立脚し得たわけですが、タクシードライバーではなあ、と思うわけです。
職業差別するわけではないですが、主人公がタクシードライバーであること、それが物語の成り立ちに上手に機能していないんですね。
別に無免許タクじゃなくてもいいじゃない、と思えるお話ばかり。
どちらかといえば高い年齢層にアピールする設定だったと思うんですが、それを少年誌で少年向きにやっちゃったことが失敗だったように思います。
熱心なファン向け、でしょうね。
少年誌の現場が先生を必要としなくなりつつあった、という悲しい現実を浮き彫りにしているかのようで、私はちょっと複雑な気持ちになったりもする1作。
ネオ・ファウスト
1988年初出

三作ある遺作のうちのひとつ。
第2部の第1回を描き進めたぐらいのところで絶筆。
ああ、いいところで終わってるなあ、とはがゆいかぎりなんですが、作品自体の完成度はちょっと危うい感じも。
ファウストの現代版をやろうという意図があったのだと思うんですが、自分で作った設定に振り回されて第1部の終盤はかなりきわどい印象あり。
何とか取り繕って第2部に筆を進め、さあこれから、というところで亡くなられてしまったので、何とも評価のしようがない、というのが正直なところ。
先生の場合、連載時と単行本化されたときでは全く内容が異なる、というケースもザラなので、さらなる推敲を経ていないもの、と考えれば、化ける可能性は充分にあった、というべきかもしれません。
なにより後半は病院のベッドの上で描いた、という逸話を聞くと、どうしてもシビアな論調では語れない、ってのはあります。
ファウストをモチーフにした作品は先生の作品カタログの中でも他にいくつかありますんで、ああ、決着をつけたかったんだなあ、などと思ったりも。
遺作だから、と手放しで絶賛するのは逆に失礼だ、と思いはするんですが、感情面で、どうしても特別視しちゃう、ってのはありますね、やはり。
最後の最後までそのクリエィティビティは衰えることはなかった、という部分でただ感服するばかりです。
ルードウィヒ・B
1987年初出

三作ある遺作の中のひとつ。
かの有名なベートーベンの生涯を描いた大作。
ベートーベンを憎悪するフランツというキャラが作中に登場し、史実とは異なる関係性の描写があるので、物語には手塚流の改変、演出があるんでしょうが、まずは60才近いマンガ家の描いた作品とは思えぬ瑞々しさと躍動感に驚かされます。
ちゃんと検証したわけではないんですが、先生は年をとればとるほど技巧に磨きがかかってきたような気すらしますね。
クラシックをあつかった過去の作品に「鉄の旋律」という中篇がありますが、あきらかにその時より何もかもが巧い。
特にベートーベンが自室でピアノを弾くシーン、多くの漫画家が音楽を絵で伝えようと悪戦苦闘してきた歴史の中でもこれは最高峰の表現のひとつではないか、と思います。
視覚が音を変換する。
こんなこと滅多にありません。
マンガの神様は最後まで神様のままであった事を示す力作。
未完が惜しまれますが、未完であっても伝わってくるものは驚くほど多いです。
先生にもっともっとたくさんの時間があれば、誰一人到達できない神がかり的な名作をかきあげたのでは、などと私は思ったりもしましたね。
グリンゴ
1987年初出

三作ある遺作のうちのひとつ。
背が低いことにコンプレックスを持つ、典型的な仕事人間の主人公が人事異動で南米へ着任し、日本的常識の通じない異国で悪戦苦闘する様を描いたある種のサラリーマンもの。
家庭よりも仕事ながむしゃら社員の悲哀を外国文化と対比することによって浮き彫りにしたいのか、それとも家族の絆みたいなものを描きたかったのか、未完なのでわからないんですが、とりあえず3巻の段階で物語はとんでもない方向へ進んでます。
政変により、逃亡を余儀なくされる主人公一家が、戦中のまま時間の止まった謎の日本人村に到着。
こりゃ柳田国男なのか、それともSFなのか。
多分そのどちらとも違うのだろうけれど、全く先が予測できない、と言う意味で、先生の遺作の中で私は一番この作品の続きが読みたかった。
残念。
これからがストーリーの本筋になるのでは、と思えるだけに評価は難しいんですが、深刻になりすぎない適度のコメディテイストが親しみやすく、好きな作品ですね。
*画像をクリックすると電子書籍の販売ページへと飛びます。0円で読めるものも多数あります。