1970年代の手塚治虫、32作品

ふしぎなメルモ
1970年初出

テレビアニメの企画先行で漫画化された作品。
当時、幼年誌3誌に同時に連載が始まったらしいんですが、ほとんどの原稿を後に紛失。
単行本化された原稿は先生自身が「一番つまらかったもの」と公言されているもので、実際確かにたいした内容ではないです。
たあいないというか、単に変身もの、というか。
圧倒的にテレビアニメの方がおもしろく、当時物議をかもした性教育アニメとしての役割もアニメのみの特色、と考えていいでしょう。
リアルタイムでアニメを見た世代が懐かしさで購入すると、なんだこれ?と脱力しちゃうでしょうねえ。
本作に限っては「ふしぎなメルモ」とはアニメ作品の呼称である、と思った方がいいように思います。


やけっぱちのマリア
1970年初出

ベッドの中の脚を描いただけで警察に呼び出しをくらった時代を経て、大胆な性描写や裸がある程度緩和されて少年誌に載り出した頃、先生が「こっちは描けなくて控えていたのじゃない、描きたくても描けない時代の苦労なんかおまえたちにわかるものか」と怒り心頭で描かれたのが本作とのこと。性教育マンガ、なんて言われてますが、それ以前に先生、こりゃあまりにはじけすぎでしょう、と。
設定からしてデタラメなんです。
主人公の体からエクトプラズムみたいなのがでてきてそれがダッチワイフにのりうつる、ってんだから、えーと、あの、対象掲載誌をまちがえていやしませんか、と。
溜まりに溜まった創作のフラストレーションがあったことは伝わってきますが、これはやっぱり暴走だと思う次第。
少年読者は相当戸惑ったのでは、と思ったりもします。
物語の顛末も迷走の末の強引さが目立ちます。
手塚版ポルノ、というと言いすぎかも知れませんがこりゃデタラメだと思う次第。
ちょっと、一旦落ち着いて!と言いたくなる一作ですね。
あ、だから「やけっぱち」?


アラバスター
1970年初出

透明人間になり損なった半透明人間を主役にしたダークヒーローものなんですが、悪徳を行使するスリルを上手に描き損なった、ってなところでしょうか。
主人公アラバスターが何を考えているのかいまいちよくわからない、というのはあるんです。
とりあえず敵役である捜査官までナルシストの変態にしちゃあいかんと思うんですよね。
感情移入できるキャラクターが全く出てこない。
先生は、乱歩のような淫靡なロマンを描きたかった、とおっしゃってますが、乱歩はちょっと違う気もします。
単行本化したくなかった、とも。
だからと言うわけではありませんが、陰惨なだけでどこを楽しんでいいのかわからない、と言うのはありますね、やはり。
熱烈なファン向け。


人間昆虫記
1970年初出

周りの人間を模倣することによって世の中を器用に渡っていく女の人生を描いた異色の人間ドラマ。
過分に70年代的。
結局何が描きたかったのかよく分からない、っては正直ありますね。
マキャベリアンとしてたくましく生きていく女を描きたかった、と先生は仰ってますが、悪意不在の確信犯的存在として主人公は描写されているので、たくましいというより、単にこりゃタチがわるい、といった印象。
エンディングも意味不明。
全てを犠牲に悠々自適って、一体どういう事なんだ?と理解不能。
テーマとプロットが噛み合ってない一作だと思いました。
低迷期に濫造された作品と似た香りが・・・。
漫画界における劇画の一大勢力化に翻弄されたのかな、といった感触もなきにしもあらず。


アバンチュール21
1970年初出

初期の名作「地底国の怪人」のセルフリメイク。
何とか時代にそぐうようにもっともらしくあれこれ装飾、改変がなされてますが、地底探検、というプロット自体が焼き直すにはまだ早すぎたような気もします。
もちろんオリジナルよりあらゆる面でグレードアップしてるのは確かなんですが、この作品の最大の読みどころはやはり耳男の異形であるが故の悲劇で、そこは全く変わってないんですね。
なのでオリジナルを読んでいる人はあえてこちらを読む必要はないかも。
やはりどうしても荒唐無稽な印象はつきまとうか、という気もします。
リメイクすることでなにか足りなかったものが足されたのか?というと、そうでもないんですよね。
地底にこだわらぬ方が良かったような。
例えば宇宙でも同じ事はできた、と思うのですが先生どうでしょうか。


ボンバ!
1970年初出

作品のテーマ、シナリオ構成とも、後に発表される「鉄の旋律」と非常に似通ったものがあり、違いがあるとすればこちらの方がいささか救いがあるか、ってことぐらい。
ああこりゃ低迷期の作品だなあ、って感じです。
何故同じネタを短い期間に2度やったのか、よくわかりませんが先生、お忙しすぎたんでしょうね、きっと。
プロトタイプとして考えりゃいいのかもしれませんが、ファン以外はそうもいかないでしょうし。
あえて読むほどではない、というのが正直なところ。


アポロの歌
1970年初出

異色の性教育漫画、などと言われたりしてますが、そんなご大層なものでもなし。
多分後づけで誰かが言ったんでしょうね。
愛情に恵まれない子供時代を送り、屈折した青年になってしまった主人公が、何故か人知を超越した存在の力で「罰だ」とばかり、時空を超えて何度も悲恋を繰り返す、というストーリー。
なにやら微妙に仏教的な懲罰思想が作品の根底に流れてるような気もしますが、結局のところ何が描きたかったのかよくわからない、ってのが正直なところですね。
SF的展開を見せたり、スポコン風になったりと、落ち着きのないまま救いなく物語は終焉。
手塚治虫の暗澹たる心理状態を反映したかのような荒んだ作品、といった印象。
色々と苦悩なさってたのかもしれません。


きりひと讃歌
1970年初出

だいたい先生の青年向き漫画は半分ぐらいが暗すぎてしんどい、と私は密かに思ってたりするんですが、その中でも例外的にやたらとおもしろいのが本作だったりします。
モンモウ病という謎の奇病をでっち上げてその正体にジリジリ迫っていくスリリングな展開がアカデミックで良いし、罹病した主人公や登場人物達が自分の犬のような顔を憎みながらもそれぞれの道を見つけようと努力するドラマも素晴らしい。
多くの人が指摘したように、確かに「白い巨塔」との共通点は多いです。
ですがこれは大学病院を舞台にする以上、避けて通れぬ設定であり、展開で、むしろ着目すべきは異形に対する蔑視とどう向き合っていくのかを赤裸々に描いた点だと私は思います。
文句なしにおもしろい。
医療マンガというジャンルを切り開いた第一人者の、もうひとつの傑作だと思います。
火の鳥・太陽編に発展する元ネタはひょっとしてここか、と思ったりなどもしましたね。


ショートアラベスク
1970年~73初出

主に小説サンデーに掲載されたショートショート集。
漫画でショートショートって珍しいと思うんですが、これが実に良くできていて驚き。
反射」の巧みさや「紐」のナンセンスさはお見事の一言。
一番おもしろかったのは「刑事もどき」なんですが、たったの2作でシリーズが終了していて残念。
異色の刑事もの/バディものになったと思うんですけどねえ。
寄せ集めのように見えてなかなか侮れない1冊。
予想外に読み応えあり。
先生のセンスが光ります。


ブッダ
1972年初出

手塚版お釈迦様の一生なわけですが、各方面の評価の高さとは裏腹に私は、こりゃやっぱり「絵解き」だよなあ、と思う次第です。
先生にしか描けなかったブッダ、では決してないように感じるんですね。
仏典に伝えられるものとの違いはもちろんいくつかあるようですが、それは創作上の演出の問題で改変されたに過ぎず、大きくは多くの人々が伝え聞くブッダ、それをそのままをマンガにしただけのように思えます。
とりあえず仏画のブッダの姿形までマンガで模倣しちゃあだめでしょう、と。
先生がやるのであれば、仏教、しいては宗教の抱える矛盾にまでつっこんで物語を編み上げて欲しかった。
読んでいて、どこかシッダールタに血が通ってないように感じられて仕方がないんですよね。
教科書の文章を読んでるみたいな感触、というか。
石ノ森章太郎の「漫画日本の歴史」と近い質感を覚えました。
ブッダの一生を知る意味では模範的かも知れませんが、おもしろさ、ドラマ性と言う意味ではエンターティメントから大きくずれて、どこか頑なに説教めいた印象もあるように思います。
先生、資料や史実にいささか振りまわされてしまったか、と思ったりもしましたね。


鳥人大系
1971年初出

ある日突然、鳥類と言う鳥類の知能が一斉に高まり、もし人類を敵対視しだしたら・・というお話。
最終的に人類は抵抗もむなしく地球の支配層としての地位を奪われ、家畜と化し、主従は逆転、さて地球の歴史はどうなっていくのか?を連作短編形式で描いてます。
SFマガジンに掲載された作品なので、相応に大人目線であり、読み応えはあるんですが、やはり「鳥を擬人化した作画」がネックですかね。
どうしてもW3とかジャングル大帝とかが脳裏にちらつくんですよね。
知能が高度化した鳥をこういうイメージでしか表現できなかったことが本作の限界か、と思ったりもします。
ものすごく辛いことをいってるのかもしれませんが、衣服をまとった鳥が珍妙に見えてしまう時点で個人的にはどうしても物語に入り込めないものがありました。
知能の上昇が人間っぽい俗悪さを招いているのもわかり易すぎるかな、と。
皮肉なエンディングも含めてよくできた作品だと思いますが、好みの問題であまり好きになれない一作。


奇子
1972年初出

手塚青年マンガの中でも群を抜いて暗くて救いのない一作。
戦後の閉塞した村社会で家父長制が生々しく生き残った大地主一家の物語なんですが、作中の、これでもかとインモラルでドロドロの人間関係が目を背けたくなるほど息苦しくて、私は読み進めるのが結構な苦痛でした。
タブーすら臆することなく大胆に描いた筆致は、どこか文学的ですらありますが、ああ、こういうお話は読みたくなかった、というのはありました。
もう、物語が転べば転ぶほど後味が悪くなる一方で。
結局、本当にこういうことがありそうだ、と感じさせるほど登場人物達の姑息さ、醜悪さ、権威主義ぶりが昭和と言う時代を背景に、見事に描けている、ということなんだと思いますが、私はこのタイプの作品の楽しみ方ってよくわからなかったりするんですよね。
ただ、ドラマの濃厚さ、緻密さは手塚作品の中でもトップクラスだと思います。
シナリオ構成の丁寧さは数ある作品の中でもずば抜けてます。
若干、エンディングが放置気味な印象も受けますが、異色の大作としてカウントしていい出来。
でも2度と読みたいとは思いませんね
先生のダークサイド、毒がもっとも色濃い一作、といえるのではないでしょうか。


火の山
1972~79年初出

表題作「火の山」を中心に4編の短編を収録した1冊。
時代劇からサイコキラーなサスペンスまで、多彩な内容ですが、それほど完成度の高いものはなし。
表題作も昭和新山とその観測者三松氏の物語、という題材の珍しさが目を引くだけで、いまひとつ何が描きたかったのかよくわからない感じです。
特に、何の希望も持てないこのエンディング、一体どういうことなのか、と思う。
実話に忠実な伝記、ってことなんでしょうけど。
ファン向けでしょうね。


サンダーマスク
1972年初出

テレビの企画を漫画化した作品。
テレビドラマ版サンダーマスクはメディア化されず封印された作品として、好事家の話題にのぼりましたが、漫画を読む限りではなんてことのないウルトラマン型のヒーローアクションです。
とはいえ先生、自分が執筆する以上は差別化をはかりたかったのか、ご自身が狂言回しとして登場したりと、テレビドラマにない工夫を色々しておられてですね、これが予想外に読み応えがあったりするんですね。
ああ良くできてるなあ、と思ったのは最終的に本作をむくわれぬ悲恋ものに仕立て上げたこと。
いやこりゃお見事だと思う。
侮れない一作だと思いますね。
テレビとは別物な展開が印象的な秀作だと思います。


タイガーブックス
1972~82年初出

主に少年誌を中心に掲載された短編、中編を収録したシリーズ。
浅い巻でやたら動物が出てくるので、なるほどそれでタイガーブックスか、と思ったんですがそういうわけでもないみたいです。
統一性のない雑多な内容の作品が収録されてます。
格別コレは素晴らしい、という短編も特になかったりするんですが、少年向けらしく夢があって先生の本領発揮と言いたくなるようなムードがどの短編にもあり、好ましい印象をもちましたね。
勝手な思いこみですがが、やっぱり先生は永遠の少年漫画の巨匠よな、と思います。
テイストはまさに手塚漫画。
子供に読んで欲しいですね。


ダスト8
1972年初出

飛行機事故で奇跡的に生還した8人を、亡き者にしようとする超常の存在が・・・というストーリーの運命論的ホラーファンタジー。
え、ファイナルデスティネーション(2000)じゃないかこれ、と私は大変驚かされました。
映画から遡ること約30年前に既にこのアイディア。
さすが手塚治虫、としかいいようがありません。
死を全うさせようと生き残った8人の所へやってくる死神「キキモラ」と、死にたくない8人の生と死のドラマが本作の見所なんですが、キキモラがホラータッチな死神ではなく、かわいらしい少女なので、ちょっと徹し切れてないかな、と思ったり、なんとなく人情オチになってしまう回もあって、作品自体の完成度はあんまり高くないんですが、それでも本作のプロットって、後続の作品に連なるものが間違いなくあると思うんですね。
映画もそうですが、ヤングサンデーで連載されてたイキガミとか間違いなくこの作品の流れの中にあるように思います。
72年にしてすでにもうこういう事をやってるという凄さに私は感嘆しましたね。
恐るべしマンガの神様。
チェックしてみる価値は充分あるように思います。

<2ページ目へ続く>

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