1960年代の手塚治虫、33作品

すっぽん物語
1966年~75年初出

各誌に掲載された大人向け漫画の短編を集めたもの。
主にナンセンスコメディーが多いです。
特にこれといって突出した作品もないんですが、ばかばかしさに良い気晴らしにはなります。
秋竜山とか、あの手の路線です。
手塚治虫らしさ、みたいなものは希薄なんで、ああ、こういうことも出来るんだ、と感心できる人向きですね。
箸休め、といっちゃあ失礼か。


火の鳥
1967年初出

おそらくこのシリーズが私のマンガにおけるSF原体験。
初めて読んだのは多分小学校高学年ぐらいのころだったと思います。
卑弥呼や武家社会を描いた作品は子供の脳味噌では理解できない歴史観に混乱させられ、ぴんとこなかったんですが、食い入るように熱中したのが第5部復活編。
事故の後遺症で人間が非生物の化け物に見えてしまう男の話なんですね。
何故か唯一人間に見えるのがメカな外観の量産型の奉仕ロボット。
やがて主人公は奉仕ロボットと恋に落ちて、奉仕ロボットには存在するはずのない自我が・・・・というストーリーなんですが、もう、呆然としました。
これはいったい何なのだ、と。
読後、これは小学生が読んではいけない本だ、と何故か思った。
それまで読んだことのあるどんな本よりも火の鳥は異質で衝撃的でした。
幼い頭脳をフル回転させて、これは機械も心を持つ未来が来るかも、ということなのか、と震えました。
大人になって全巻読破した後も、その衝撃は変わらず。
復活編における、ロボットに自我は存在しうるのか、というテーマを、主人公の認識障害によって浮き彫りにする手法に改めて感服するばかりか、鳳凰編の凄まじいドラマに打ちのめされ、望郷編で大号泣し、太陽編での過去と未来を行き来する異形の物語に震撼。
時間と空間を越えて、生命とはなにか、人間とは何かを問いかける、巨匠、渾身の超大作だと思います。
SFであり、スペースオペラであり、サイバーパンクであり、時代劇であり、ラブロマンスであり、伝奇ロマンであり、すべてを包括する濃厚な人間ドラマでもあります。
こんなマンガはどこをどう探したところで他にはありません。
マンガの神様がそのすべてを絞りつくした玉稿こそ、このシリーズである、といえるでしょう。
死ぬまでに必ず読んでおくべき一作
日本のマンガ文化はもう2度とこういう作品を生み出すことはできないのでは、と私は思います。


空気の底
1968~70年初出

プレイコミックに掲載されたホラーやミステリ、SFっぽい味つけの短編を集めた一冊。
総じて暗い。
中には猟奇的と思われるものもありますが、「うろこが崎」や「夜の声」「ロバンナよ」は先生らしい秀作だと思います。
「電話」が予想外に怖くてびっくり。
SFファンとしては「わが谷は未知なりき」がお気に入り。
忙しすぎたりスランプだったりで、どうしようもない凡作を描かれることも多々ある先生ですが、この短編集は他の短編集に比べ、全体的に質が高いように思います。
なんとなく後味の悪い読後感を気にしなければオススメですね。
短編においても名手であることが伝わるアイディア豊富な内容だと思います。


時計仕掛けのりんご
1968~73年初出

タイトルは、かの有名なキューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」のもじりなわけですが、内容に直接関係があるわけではありません。
主に青年誌に掲載されたSF、サスペンス系の短編を集めたもの。
秀作揃いです。
孤立していく恐怖を描いた表題作も見事だし、ちょっとロマンチックすぎるきらいもあるんですが「聖女懐妊」も個人的には結構好き。
「帰還者」で描かれた愚かしさもいかにも当時のSFらしくてお気に入り。
読み応えのある一冊。
この頃の先生の短編は優れたものが多い、という印象ですね。
おすすめです。


ノーマン
1968年初出

本作、隠れた手塚少年SFの傑作では、思う次第。
特異な能力を持つ少年達が宇宙人の侵略から月を守るため、タイムスリップする物語なんですが、プロットの独特さといい、スケールの大きさといい、そのアイディアの豊かさには目を見張るものがあるように思います。
重箱の隅をつつくなら、主人公達を戦いに駆り立てる動機づけがいささか曖昧であったり、時間を超えて人材を集めるぐらいの科学力があるならもっと他に闘いの行方を左右する選択肢はあるのでは、と思ったりと、気になる点がないわけではないのですが、それでもですね、多くの漫画が後にヒロイックファンタジーの分野でやろうとしたことのあれこれが本作にはぎっしり詰まっているように私は感じました。
エンディングも秀逸。
まさかこうくるとは、と驚かされました。
あまり人気のなかった作品らしいんですが、まさにSFと呼べる見事な顛末と、少年漫画らしい熱い筆致に私は酔わされましたね。
さすが手塚治虫、と納得できる作品だと思います。
オススメ。


地球を呑む
1968年初出

なんとなくプロットが小池一夫風だなあ、とか思ったりも。
たった1家族の復讐心が世界をひっくり返す、という無謀な設定が悪い意味で漫画的で、どうにも作品にはいり込みにくい、というのはありますね。
何故か途中で世界観を同じくする連作短編形式になり、その後またストーリーは最初とつながるという謎の構成なのですが、その連作短編の中の一作「アダジオ・モデラート」が本編を遙かにうわまわる必殺の傑作でびっくり。
これ、映画にして欲しい、とすら思いました。
間違いなく劇場で泣くな、これは。
どう見積もっても本筋よりこちらの方が珠玉の出来です。
総合的に評価するなら何かと定まらない印象をうける内容なんですが、かといって短編を捨て置くのもあまりに惜しいし、はて、どうしたものやら、と購入を悩むことになりそうな1冊。


グランドール
1968年初出

人間そっくりの人形をばらまいて地球を支配しようとする異星人のたくらみを描いた侵略SF。
なんとなくボディスナッチャー/恐怖の街を思いだしたりもするありがちなプロットではあるんですが、異星人のあやつり人形相手に孤軍奮闘するのが主人公とわずかな仲間だけ、という設定が学園青春もの風でもあり、なかなかに緊張感あふれる内容となってます。
思いのほかオチも秀逸。
うす甘い部分もあるんですが、このオチはちょっと予測してなかったですね。
隠れた手塚少年SFの秀作だと思います。
知られてるメジャーなタイトルより良く出来てますよ、この作品、なぜ話題にならなかったんだろ?


上へ下へのジレッタ
1968年初出

今はなき漫画サンデーに連載された大人向け長編。
飯を食わずにいると絶世の美女に人相が変わるヒロインを、なんとか芸能界に売り出そうとする主人公のドタバタ奮闘記、といった按配の物語なんですが、途中からストーリーは、突然「ジレッタ」と呼ばれる1人の妄想の世界に不特定多数の人がアクセスするストーリーに何故か変わっていきます。
要は精神世界へサイコダイブする、ってことなんだろうと思うんですが、本来なら、誰の精神世界に飛び込むか、ではなく、いかにしてその接続方法を普遍的にしたか、というハード面をまずクリアすべきなのに、先生はそこを個人の才能みたいな描き方をしておられるのでどうにも話がすっきりしないし、わかりにくい、っていうのはありますね。
多くの人間がジレッタに熱中する、という設定もいまひとつ解せないものがありますし。
オチも凡庸。
最後まで晴海なぎさのストーリーにすれば良かったのでは、と思う次第。
迷走の末、着地点を見誤ったか、と言う印象は残ります。
ただ、私の読んだ本作は、講談社の全集のバージョンであり、他に完全版と称された単行本も出版されているようです。
これはエンディングが違っているとか。
この作品を支持する人も多いので、読み比べて見るのも一興かと。
手塚先生の作品は単行本化に際して改稿されることがほとんどなので、その違いを本来なら検証すべきなんでしょうが、私、さすがにそこまでは熱心に取り組めません。
ごめんなさい。


ブルンガ一世
1968年初出

手塚作品では過去なんどか登場したテーマ「突然自分の手に余るような超兵器、超常能力を得たらどうするべきなのか」を下敷きに、ファウストをからませて怪獣漫画に仕立て上げたのが本作、といったところでしょうか。
あとがきで「失敗作」と言っておられますが、どうしてどうしてこれはこれなりに良くできていると私は思いました。
都合の良すぎる部分もないわけではないのですが、異形の孤独な怪物と少年の心の交流を描く展開など、わかっていても胸に迫るものがあります。
あまり知られていない作品ですが、どこか記憶に残るものがある1冊ですね。
嫌いじゃないですね、私は。
一読の価値あり。


サスピション
1968~82年初出

主に青年誌に掲載された短編を集めた一冊。
サスペンス/スリラー系の作品が多いんですが、どれも総じて出来はいいように思います。
この本に収録されているほかの作品とは若干毛並みが違うんですが、「山の彼方の空紅く」が何故か私は昔から好きで、不思議とずーっと記憶に残ってるんですよね。
何がそんなに自分を惹きつけるのかよく分からないんですが、最初の2ページを読んだだけで「ああこりゃ傑作」と勝手に心が断ずる始末。
なんなんだろうなあ、一体。
自分でもよく分からない。
読み応えのある短編集だと思います。


フースケ
1969年初出

今はなき漫画サンデーに連載された大人向けナンセンスSFの連作集。
フジ三太郎みたいな絵柄で主人公フースケの遭遇する突拍子もない出来事をユーモアたっぷりに描いた内容。
それなりに楽しめはするんですが、わざとすれっからしを気取るような画風になじめない感触は残りますね。
アイディア的には「無能商事株式会社」が秀逸か、と思いましたが、「くるします・いぶ」のおそるべき駄洒落オチにも戦慄した。
どっちかというと熱心なファン向けですね。


大暴走
1969年初出

3作の中編を収録した1冊。
表題作「大暴走」は船舶パニックものなんですが、パニックものらしいスリルやサバイバル感は希薄で、なんとなく企画モノな話をでっち上げてみました、ってな印象。
ストーリーの核となる人工知能の存在もどちらかというと手垢感。
正気か、と思える描写が見開き一面で講談社全集版106ページにはあって、やはりこりゃ失敗作だろうと。
「虎人境」は亜人種の存在を不気味に描いた秀作。
グロテスクなオチに評価が別れそう。
「黄色魔境」は当時の山田正紀が活字でやってそうな内容。
救いはないんですが、きっちりSFで秘境探検っぽい展開は結構好きです。


ザ・クレーター
1969年初出

主に少年チャンピオンに連載されたSF/ホラータッチの短編を集めたもの。
先生はあとがきで、出来に差がなく一定のレベルを保持した連作短編集と仰ってるますが、個人的にはそうとは思えない、と言うのが正直なところだったりします。
最後の短編「クレーターの男」の無常観が唯一読み応えがあったか、と思いますが、それ以外は全体的に低調。
このあたり、描き手と読み手の感覚はやっぱり違うのかなあ、と思ったりしますね。
もっと優れた短編をたくさん描いてます、手塚治虫は。
オススメとは言い難いシリーズですね。
なんか全体的に暗い、ってのも難点か。


海のトリトン
1969年初出

海洋冒険もの、と言いたいところですが、本作の場合、人類はどちらかというと脇役&悪役で、人類とは似て否なる知的海洋生物トリトン族とポセイドン族の洋上での覇権争いを中心に物語は進みます。
とはいえ、トリトン族はポセイドン族にほとんどが滅ぼされ、残るは主人公のトリトンとピピ子のみ。
後半でやっと3人め登場、ってな状態なんですね。
もう全然勝ち目はない戦況で小競り合いを続けているわけなんですが、そもそもが本作、何を描きたいのかと言う部分で、とかく定まってなくて。
SFにしたいのかファンタジーにしたいのか寓話にしたいのかヒーローアクションにしたいのか、そのどれでもあり、どれでもない状態で、はなはだ座りが悪い。
ラストもまとめ切れなかったのか、すべてをご破算にするかのようにガノモス見参!で、もっと早く来いよって、思わずツッコミ。
ただこのトリトンも色々バージョンがありまして、連載時そのままのものは違う展開、エンディング、という話ですし、私の読んだ秋田書店版がどのバージョンなのかわからないので、 一概に判断は出来ない、という難しさがあります。
余談ですが、アニメはかの富野由悠季の監督デビュー作で「皆殺しの富野」の名を一躍有名にしたシリーズだったりしますから、ひょっとするとアニメで楽しむ、のが正解なのかもしれません。


鬼丸大将
1969年初出

そもそも別に原作があり、原作にそって連載を始めたが、途中から先生が好き放題改変して全く別の物語になった、という特殊な作品だったりします。
平安時代を舞台に、海の向こうから漂着した外国人を「大江山の鬼」にみたててストーリーは進んでいくのですが、思いつきで展開が右往左往している印象は否めず、ラストシーンも無理矢理付け足したようでいまひとつ。
なんとなく「シュマリ」に似た感触もあり。
先生が異邦人を描くとこうなる、ってことなんでしょうか。
悪くはないんですが、原作を変えてまで描きたかったものがなんだったのか、見えにくい一作だったりはします。
原作を知らないんで、断言はできないんですけどね。


I.L(アイエル)
1969年初出

売れなくなった映画監督を狂言回しに、何にでも化けられる人外の魔性「I.L」が入れ替わりをかってでることによっておこる悲喜こもごものドラマを描いた作品。
一話完結形式。
全14話中、優れた話もあるんですが、そもそも「I.L」がいったいどういう性質の、どういったパーソナリティをもつ妖怪変化なのかさっぱりわからないので何とも感情移入しにくいのは確か。
初期設定段階でのルール作りを放棄している作品だなあ、と。
どうにも尻の据わりが悪いんですね。
手塚先生はこれ、よくやるんですけど。
正直なところ売れなくなった映画監督は登場人物として必要なかったと思う。
なにかと微妙な作品、と言った印象ですね。
面白くないわけじゃないんですけど。


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