一軒家
1965~初出

<収録短編>
漂流
還元
遭難者
一軒家
浪人群
獲物
砂の女
SOS
男の話
合作
メジャー誌にデビューする以前に描かれた短編を集めた作品集。
主に貸本時代を中心に、 SF、ホラー系のものを収録。
ギャグ漫画家としての山上たつひこしか知らない人にとっては驚きの内容かとは思いますが、正直それほど出来はよろしくないです。
やりたいことはよくわかるんですが、やっぱりどこか届いてない印象をうける。
ものすごく辛辣なことを言うなら、この手のジャンルに適性がないようにも感じます。
あの山上たつひこの出発点がこういう作風だった、というのはとても興味深いんですが、熱烈なファン向けだと思いますね。
同じく小学館クリエィティブから、単行本未収録と銘うって初期作品集「神代の国にて」「人間共の神話」が発売されてますが、購読するかどうか思案中。
ファンですらあまりピンときてない、という事からあれこれ察していただければ、と。
これまで単行本化されてこなかったのはそれなりの理由があるから、ってところですかね。
鬼面帝国
1969~72年初出

<収録短編>
鬼面帝国
ウラシマ
ミステリ千夜一夜
そこに奴が
SF系の作品を集めた短編集。
表題作は地獄をモチーフに描かれたオカルトファンタジーなんですが、では結局死とはなんなのか?という部分での考察が甘く、どこかすっきりしない。
ウラシマは「浦島太郎は実はこういう話であった」的なSFですが、脇がゆるいしオチが甘い。
ミステリ千夜一夜は手塚先生が描きそうな感じ。
そこに奴が、が一番インパクトがあるような気もするが、傑作というほどでもなし。
完全にファン向けではないかと。
山上たつひこの名前がなければとっくに消え失せていた一冊ではないか、と。
稀代のギャグの天才はまだ開花の兆しもなし。
山上たつひこ名作劇場
1979年初版

1 あるぷす犬坊
<収録短編>
岩風呂くん
ゴムゴム
ラビットくん
2 マシンママ
<収録短編>
マシンママ
人形の館
手紙
家紋
光彩のある殺意
餓島
故郷は緑なりき
西武線行進曲
探り山右衛門出世勝負
3 やってきた悪夢たち
<収録短編>
やってきた悪夢たち
地上
良寛さま
遺稿
しょうじょうじ
2丁目1番地恐怖団
国境ブルース
1巻は単行本化されていないギャグ路線の作品を収録。
いつものおなじみのパターンではあるんですが、ファンとしちゃあ普通に笑えて、普通に面白い。
2巻、3巻はSF/ミステリ系のシリアスな作品を収録。
多分60年代後半、貸本時代以降、ギャグ路線以前の作品群だと思います。
初出に関する記載がないのでさっぱりわかりません。
いくつかは小学館クリエィティブから後年発売になった単行本と収録作品がかぶってるはず。
正直2巻、3巻に突出した短編はないです。
のちに「光る風」で結実した反権力、反権威なイデオロギーの香る短編がいくつかあり、特に「2丁目1番地恐怖団」がそういう意味では興味深いんですけどね。
あえてピックアップするなら「餓島」がグロくて欲望が暴走してて悪くないかな、と。
これまたどちらかといえば熱心なファン向きでしょうかね。
ギャグ路線の作品を収録した1巻のみ、お宝かと。
光る風
1970年初出

はたしてこれが本当にあの「がきデカ」の作者の作品なのか?と疑いたくなるぐらいシリアスで、一切の笑いなし。
再び軍国主義への道を歩みだした日本の「ありうるかもしれない」もうひとつの未来を描いた作品。
SFというよりポリティカルフィクションといった方がいいかもしれないんですが、ぶちまけられた毒の強さが本作を安易にカテゴライズさせません。
なんせオープニングからいきなり、謎の奇病に冒された人たちを隔離した出島で異形祭、ときた。
世代を経た奇形児が火を囲んで踊り騒ぐ、狂気漂う描写。
間違いなく現在ではこの段階で連載中止。
これが少年マガジン掲載、ってもう狂っていたとしか思えない。
70年代の少年マガジンは基本的にいっちゃってますが、その中でもアシュラと並んで触れてはいけないところに触れてる、といえるでしょうね。
ただまあ内容そのものは、いたって生真面目に軍靴の響きに対する恐怖を描いたものなので、そういう意味では意外性はありません。
解説にもあれこれ書かれているんですが、執筆の動機として、時代背景もあったことでしょう。
まーとにかく救い、ないです。
予測はしてましたが後味悪いです。
やはり一番評価すべきは寒々しいまでのリアリズムでしょうか。
個人的には藻池村の住人にもっと重要な役で、主役を押しのけて活躍してほしかったですね。
そうすれば更なる傑作になったのでは、と思ったりも。
ギャグマンガ家としての作者しか知らない人は一読の価値ありですね。
山上たつひこのアザーサイド、その頂点と言えるかも知れません。
旅立て!ひらりん
1971年初出

なんとも不思議な作品。
SFというべきか、ファンタジーというべきか、山上版「不思議の国のアリス」というのが一番近いかもしれない。
物語序盤は期待させるものがあったんです。
いきなり魚の化け物みたいなクトゥルー系の怪物に連行され、異世界の法廷にて裁かれる主人公。
裁判官は海亀みたいなの、検察も海産物系の異形。
招かれた目撃者はおたまじゃくし。
罪状は蛾のメスに対する殺人容疑。
これはいったなんなのだ、と。
仏教観的な側面から生類すべての命の尊さでも説こうというのか、と思わずページをめくる指にも力がこもる。
すべての生き物が人語を解する世界での、主人公少年の逃亡の日々と真犯人探しを描いた物語なんてこれまで読んだことがありません。
ちょっと異世界のルールづくりが甘いかな、とは思ったんですが、それでも中盤ぐらいまでは先の展開の予想できない緊張感があったように思います。
問題は中盤以降。
あっけなく真犯人の正体が割れたかと思いきや、都合よく元の世界に戻れてしまう少年。
そこから先のシナリオがもう、まるで別の作品で。
なぜ急にスラップスティックな調子でお笑いに擦り寄りはじめるのか?と。
最終回なんて滅茶苦茶。
伏線もこれまでの仕掛けもあったもんじゃなし。
集中力が途切れてしまったのか、描きたいことの興味が別に移ってしまったのか、これ、尻切れトンボといわれても仕方のないレベルだと思います。
ギャグ漫画家として広く認知される前夜の作品なんで、作者の中で連載中になにか変化があったのかもしれません。
色々惜しいものがあるとは思うんですが、やっぱり失敗作でしょうね。
*画像をクリックするとAmazonの販売ページへと飛びます。電子書籍化されているものは少ないです。