2016年初出 吾峠呼世晴
集英社ジャンプコミックス 全23巻

ずっと敬遠してたんですが、ジャンプもチェックしておかなくてはならない、と最近考え直した機会があり、その流れで手に取った作品。
言わずとしれた国民的大ヒット漫画なわけですが、流石にここまで有名だと、内容に関しては「全く何も知らない」ってことはなくて。
アニメをちらっと見たことがあるんですけど、正直ね、そのときはなにが人気に火をつけているのか、よくわからなかった。
なんかしらんが大正時代に「鬼」と呼ばれる人食いが存在してるらしい。
主人公は家族を惨殺された少年、炭治郎。
少年は鬼狩りとなって、鬼を根絶やしにすることを誓う。
特徴的だったのは、鬼に噛まれて鬼化してしまった妹を、葛籠にいれて同行させていること。
いつ牙をむくかわからない存在を背負い込んで戦うスリルと、それでも見捨てることのできぬ肉親の情とのせめぎあいが物語を嫌が応にも盛り上げるわけですね。
いつか兄ちゃんが、お前を人間に戻してやるからな、と炭治郎は常日頃から妹に語りかけるんですね。
まあ、悪くはない、と思った。
悪くはないけど、明らかに足手まといと思われる存在を連れて戦地に赴くのはベルセルク(1989~)と同じ構図だし(更に遡るなら子連れ狼にも近しい、とも言える)肝心の鬼の存在そのものがね、いわゆるヴァンパイアと同じ法則性(最初の鬼が存在してる点とか、血液を介して感染する点とか)で成り立ってるのが使いまわしなように私には思えて。
いかにもジャンプらしいバトル漫画の方程式に物語が従順なのも気になった。
やっぱり修行するのかー、そして友と助け合うのかー、みたいな。
うーん、大人があえて触れるほどでは・・・と思ってたんですけど、それがあなた、どうしてどうして。
コミックスを通読して、腰を抜かしましたね、私は。
ここまでのものだったのか、と。
はっきり言って、バトルファンタジーとして目新しいことは何もやってないと思います。
漫画家としての技術、画力も決して高いとはいえない。
けど、この吾峠呼世晴という人、ドラマ作りの才が半端じゃないんですよね。
いったいどんな人生経験を積んできたんだ?と訝しむほどに登場人物たちの背景を、微に入り細に入りドラマチックなエピソードとして膨らませるのがうまい。
しかもそれが敵味方、悪人善人問わず、主要な登場人物すべてに対して描き切るんだから、もう、何事かという話ですよ。
どんなに天才的で怪物と呼ばれるような漫画家でも、ここまで丁寧に、数十人に及ぼうかというキャラクターを全部サブストーリーで肉付けしていった人はいないと思いますね。
大抵はある程度取捨選択するか、数コマで流してしまうようなものまですべて物語にするんですから。
とにかく「執拗」。
それは戦闘シーンにも言えていて。
読んでる側の根気が途切れそうになるほど「執拗」に炭治郎とその仲間たちを痛めつけまくる。
叩きのめして、叩きのめして、叩きのめして、ギリギリの死の縁からようやく勝利をつかむ、みたいな。
もう、熱量としつこさが尋常じゃない。
ただその「執拗」さの根底には、真っ直ぐな心、己を信じて立ち上がり続ける炭治郎の純粋さが核としてあって。
少年漫画の主人公としてひどく真っ当で、なんら特筆すべき点はないんですけど、その純粋さもここまで「執拗」に、決してあきらめぬ強い意志の力として延々描写されると、なんかもう泣けてくるんですよね。
もういい、もういいよ、休んでくれ頼むから、と言いたくなるほど炭治郎がけなげで愚直なんです。
結果、枝葉が異様に豊かなドラマの濃厚さと、血肉を削る戦いの底なしな死闘の狂おしさが、相乗的に響き合って大きな感動につながっていく。
あれ、なんで俺は泣いてるんだ、ちょっと待て、やばいぞ、おっさん、しっかりしろ、と思うこと数度。
間違いなく王道中の王道で、藤本タツキのような天才でも突然変異でもないと思うんだけど、吾峠呼世晴がこの物語にどれほど心血を注いで全精力を傾けているかが紙面からガンガン伝わってくるんですよね。
あんまりこういう言い方は好きじゃないんだけど、魂削って描いてないか?と思えるほど。
これが面白くない、とは到底言えないし、揚げ足を取るような真似をするのは失礼にすら当たる、と私は思った。
また、炭治郎が永遠の2番手として描かれてるのもいい。
恐ろしい速度で成長していくんですけどね、なにかの力を借りて無敵になったりはしないんです(最近はそういう作品多いけど)。
自分の限界を知りつつも、限界を越えることによって眼の前の敵を撃破していく。
ズレを承知の上で書くと、これ、あしたのジョーじゃねえかよ、と思ったり。
特に最後の鬼舞辻無惨との戦いは、それを強く印象付けるものがあった。
冷静に考えるととんでもなく血なまぐさい内容で、人が死にすぎるぞこの少年漫画、と思うんだけど、テンカウントゴングは意地でも鳴らさせない炭治郎の勇姿が、おっさんの心の奥に眠っていた小さな熾火すら派手に焚付けやがるんですよね。
鬼滅の刃がバカ売れするのは正しい、そう思いましたね。
こういう漫画が売れているうちはまだまだ大丈夫、と思ったりもした。
ちょっと駆け足気味だったけど、この調子で描き続けてたら10年以上はかかるぞ!と思われた物語をきっちり終わらせたのも称賛に値する。
最終話のラスト数ページも素晴らしかった。
ああ、この人は辛くて苦しくて、逃げ場のない人たちを応援したくてこの漫画を書いたんだなあ、と。
大作。
ジャンプ、恐るべし。
この熱さに酔え、それだけの価値はある、と最後に結んでおきます。