狼の口

2009年初出 久慈光久
エンターブレインビームコミックス 全8巻

14世紀初頭のアルプス山脈を舞台に、オーストリアの圧政に対する森林同盟三邦の独立を求める戦いを描いた歴史大作。

タイトルの「狼の口」とはアルプス山脈ザンクト・ゴットハルト峠に設けられたオーストリアが管轄する関所のこと。

ドイツとイタリアを最短距離で結ぶ交通の要衝で、ここを通らないと交易が出来ないわけです。

元々は森林同盟三邦が取り仕切っていたんですが、峠の権益に目をつけたオーストリアが侵略、横取りしちゃったんですね。

物語は、関所に分断されてしまった三邦が、なんとか関所を突破して同胞と連絡を取り、狼の口を陥落させるべく、身を挺して立ち向かう姿を主筋として展開。

正直言って14世紀アルプスの政情なんて全く知らない私ですが、これがもう、予備知識なんざなくってもぐいぐい惹き込まれていく面白さでぶったまげます。

1話目からして凄まじいインパクト。

主人公なのかな?とあたりをつけたお姫様と従者が、いきなりとんでもないことになります。

ええっ、完全にこの二人が主役って文脈だったじゃねえかよ!と仰天するのも束の間、その後延々4巻ぐらいまで、反乱軍の人間たちが関所を突破できず屍をさらしていく無念を描写し続ける、ときた。

人の皮をかぶった悪鬼、ヴォルフラムの残酷さをこれでもかと見せつけるシナリオ展開にただただ唖然。

主人公不在なんですよ。

厳密に言うならすでに登場してはいるんですが、この時点ではわからないし、居なくても問題ない、と感じられることがとんでもない、というか。

化け物じみた代官が巣喰う難攻不落の城である、ということを読者に刻み込むために犠牲者の怨念をひたすら積み重ねていく物語手法は、あたかも往年の名作「カムイ伝」や「忍者武芸帳」でも読んでいるかのよう。

そう、どこか日本の時代劇のような質感があるんですよね、この物語。

身分制度が隠れテーマ、ってわけじゃないんですが、「関所破り」をどう画策するか、何も持たない人間たちが苦心惨憺する様子にどこか共通するものを感じます。

で、この作品が規格外だったのは、累々と折り重なった死の向こう側に勝ち鬨を描いてみせたことでしょうね。

命を賭さずして得られる自由などない、とここまで雄弁に語った漫画作品って、近年はなかったんじゃないでしょうか。

血と憎悪にまみれた容赦の無さが、壮絶な読後感を残す一作。

どこまで史実に忠実なのかはわからないんですが、ここまでやられちゃあそんなの問題じゃないですね。

まいりました。

安易なヒロイズムに与せぬ0年代屈指の歴史群像劇でしょう。

文句なし、傑作。

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