2003年初出 細野不二彦
講談社イブニングKCDX 全4巻

戦時中、諜報工作員として大陸で暗躍した主人公が、戦後、新たな雇い主を得て、再び組織の走狗として生きる様を描いたスパイ活劇。
細野不二彦が物語をシリアスに紡ぎ出すと、たいていが読んでてしんどくなる、というのが私の持論だったりするんですが、唯一の例外がこの作品でしょうね。
圧倒的だったのは戦後焼け野原な日本を、豊かな知見でもって細部に拘り描写しつつも、ハッタリとケレン味でストーリーに飛躍をもたせたこと。
終戦直後を描いた漫画って、手塚先生の諸作を筆頭に名作がいくつかあると思うんですが、過去のどの作品もここまでギミック満載だったことはなかったと思いますね。
なかなかデリケートな題材だと思うんですよ、いかに戦後80年が経過してるとはいえ、存命の方もおられるわけですから。
しかしそこをあえてエンターティメントに徹すべく、赤化戦士などというSFまがいな代物を放り込んできた思い切りの良さには感服する他ない。
アメリカの一国支配を良しとしないソビエトが、秘密裏に工作員を日本に送り込んできてるんですけどね、どいつもこいつも現代科学の水準を遥かに超えたサイボーグみたいなのばかり、ときた。
空飛ぶやつとか、ロボットと合体してるやつとか。
挙句の果てには怪僧ラスプーチンの孫娘まで登場してきて、サイキックな能力でGHQを揺さぶりだす、ときた。
もはや仮想SF戦後史みたいなありさまでバトルファンタジー。
これね、時代性だけを拝借してデタラメやらかしてたら大失敗してたと思うんです。
頭の悪いラノベか深夜帯の三文アニメか、って歯牙にもかけられなかったはず。
作者は当時の風俗や政治、敗戦国のみじめさを噛みしめる人々の暮らしを、丁寧かつ、史実をないがしろにせず描くことで、それを見事回避してましたね。
なんせ三島由紀夫とかカーチス・E・ルメイとか吉田茂とか笹川良一とか、実名でバンバン登場するんですから。
こいつ、光クラブ事件の首謀者だったのか!とあとからわかったり。
虚実ないまぜの作劇が恐ろしく巧みなんですよね。
いうなれば赤化戦士の荒唐無稽さなんて、とっつきにくさを回避するための派手なエクステリアみたいなもの。
それをエクステリアにするセンスが作者ならでは、とも言えるんですけどね。
おそらくやりたかったのは、漫画だからこそできる裏戦後史を構築することでしょうね。
たった4巻で終わってしまったのが本当に残念。
オープニングの展開を振り返るなら、物語はまだ終わってないと思うんですけどね、もう続きが描かれることはないんだろうなあ。
ある意味、実に際どい線を攻めてる意欲作だと思います。
濃厚な読後感を残す傑作。