2025 アメリカ
監督、脚本 ジェームズ・ガン

決してなにかが新しいわけではないが、親しみやすさは過去一かも
何度目かの映画化であり、DCユニバース第一弾として仕切り直しを任された一作。
正直、今更スーパーマンで何を見せようというのだ、という懐疑や懸念しか私にはなかったりしたんだけど、それがあっという間に全世界で興行収入6億ドル突破したというのだから、ほんとジェームズ・ガン恐るべし、である。
彼が利口だったのはまず第一に「今更くどくど説明しない」というスタンスをとったこと、でしょうね。
「クリプトン星からやってきた宇宙人で~、地球で親切な夫妻に拾われて~、新聞記者で~」とか、そりゃ知らない人はもちろん知らないんだろうけど、クリストファー・リーブ主演の78年版スーパーマンからマン・オブ・スティール(2013)まで全部見てる身からすりゃ、最初から語られたところで冗長にしか感じられないわけで。
肝要なのはその手のうるさ型というか、古いファンを黙らせることだったと思うんです。
そのあたり、実に巧妙だった、と私は思います。
まるで先週みたテレビドラマの続きみたいな気安さで、いきなり物語が展開していくんですよね。
しかも冒頭でいきなり「スーパーマンが初めて負けた日」ときたものだから。
「知ってるんだよ、わかってんだよ、スーパーマンのことはよ、1から10までよ」となめ腐った態度をとっていたおじさんたちも俄然前のめりなわけだ。
えっ、聞いてない、そんなの知らない・・・みたいな。
宿敵レックス・ルーサーとの対決を、テクノロジーVS超人(スーパーマン)の構図にしたのもAI全盛の時代にマッチしてると思いました。
多分、原作に大勢のオペレーターがウルトラマンを遠隔操作するシーンとかないと思うんですよね。
クリプトナイト以外のスーパーマン完全封じ込めって、これが初めてな気がするんです(原作を詳しくは知らないけど)。
超人も進化した科学の前では理詰めで完全敗北してしまう、という絵面がどこか新鮮で。
スーパーマンがとじ込められてしまうポケットユニバースの描写も、予想外にSF的想像力に富んでいて楽しかったですし。
また、他国の紛争に勝手に介入し、戦争を止めてしまうヒーローという立ち位置も、正義を問う意味では興味深かったと思います。
力の行使の拡大に上限を設けるべきなのか?って、イデオロギーというよりはもう政治の分野だったりしますし。
政治の上位に超人が居る場合の対応、ってあんまり描かれてないと思うんですよね。
で、なにより私が特徴的だな、と思ったのはスーパーマンがやたら人間臭いこと。
もうね、隣に住んでる愉快な兄ちゃんのレベルで親近感強いんですよね。
これは宿敵レックス・ルーザーにも言えていて。
総じてどのキャラクターもステロタイプじゃないんです。
特別なんだけど、中身は特別じゃないとでもいうか。
これが観客との共感を深めた気がしますね。
ぶっちゃけね、なにも新しいことはやってないと思うんですよ。
そりゃ映像はCG駆使でとんでもないですけど、これぐらいはどのヒーロー映画もやってますし、特筆するほどではないでしょうし、一番肝心なスーパーヒーロー映画の切り口、演出、作劇という意味では従来を逸脱するものでは決してない。
むしろおなじみの手口だな、って、ジェームズ・ガンの。
でもそれがなんだかはまった、ってことなんでしょうね。
かつて、これまでのバットマンのイメージをすべてひっくり返して刷新したノーランのダークナイト(2008)のように、すげえ斬新で大傑作なわけでは決してないと思いますが、力まず通常運転で焼き直したガンの妙な落ち着きっぷりが今回はうまくいった、ってことなのかもしれません。
しかしこれが当たるんなら、スーサイド・スクワッド(2021)ももっと評価してやれよ、と思いますね。
やってることは変わらんと思うんだがなあ。
質の高いエンタメであることは間違いないでしょうね。
あと、余談ながらガーディアンズ・オブ・ギャラクシーでいうところのベビー・グルート的役割なアホ犬(クリプト)は人気出たんだろうか?
それがちょっと気になりますね。
ねじレート 82/100

