2025 アメリカ/ドイツ
監督、脚本 ウェス・アンダーソン

やってることはこれまでと全然変わらないが、笑いの質が大きく変化
架空の大国フェニキアを舞台に、大富豪ザ・ザ・コルダが事業の資金繰りのため、娘とともに大陸全土を駆けずり回る様子を描いたコメディ。
ウェス・アンダーソンは昔から好きなんですけど、実は私は彼の作品であんまり笑ったことはなくて。
「おかしさ」よりも「変さ」に惹かれてきた、と言った方が正解かもしれない。
この人はいったい何を描こうとしてるのか?みたいな部分での予測のつかなさに、いつもくすぐられ続けてきた、みたいな。
間違いなく普通の人とは頭の中で描いてる光景が違う、と思うんですね、アンダーソン。
多分、我々と同じものを見ながらも彼の認知は微妙にずれてる、と思うんですよ。
そのズレを可視化する才能に恵まれていたことが彼の幸運であって。
ただ、それが万人に受けいられるものであったか?というと、いささか微妙なのが玉に瑕で。
何が面白いのかわからない、という人は一定数いると思う。
関西人気質もあってか、私もどっちかというと「なにがおもろいの、これ?」と思ってた部分は少なからずある。
ま、前述したように、笑いだけが彼を計る尺度ではない、と感じたことが長年ファンを続けてこられた秘訣だったりするわけですが。
で、そんなアンダーソンが最も幅広い層に訴えかけた作品が犬が島(2018)だったように思うんです。
ついにアンダーソンも、知る人ぞ知るアングラな映像作家からメジャーな舞台へと躍り出るか、と私は期待したんですが、そのあとがねー、アステロイド・シティ(2023)ですからね。
原点回帰と言えば聞こえはいいが、私には自己模倣というか焼き直しにしか感じられなくて。
なので今作に関しての期待は恐ろしいほど低かった、と言って間違いない。
またおんなじことやってるんなら、アンダーソンともおさらばだな、なんて思ったりしてた。
そしたらだ。
これが私の猪口才な予想を覆してやたらおもしろかったものだから本当にびっくり。
いや、初めてクスクス笑いましたよ、アンダーソンの作品で。
いったい彼の中で何が起こったのか全く分からないんですが、これまでの徹底的にかみ合わないことを是とするオフビートで不条理な笑いが、相変わらずかみ合ってはいないんだけど、それを逆手にとった間とキャラクターの笑いへと変わってるんですよね。
変な人間ばっかり登場するのはアンダーソン映画の常ですが、世間とずれたことばっかり言ってる富豪にベニチオ・デル・トロを配役してること自体が新機軸だと思うし、富豪の娘が何故か修道女という設定も、とがりすぎてて絵面だけで笑えてくる。
ああ、キャラ立てにこだわってきた、と私は思った。
また修道女役のミア・スレアプレトンがいい味だしててねー。
デル・トロのボケ(本人は全然ボケてるつもりないんだけど)を徹底した無表情で全部つぶしていくんですよ。
よくデル・トロは演じてて噴き出さなかったな、って。
同道の家庭教師がクセの強い昆虫学者であるという設定にも笑ってしまいましたね。
どういう取り合わせなんだ、と。
三者が三者とも普通に暮らしてたら顔つき合わせることなんかないぞ、って。
嫌味な言い方をするなら、コントっぽさが加速した、とも言えるように思うんですが、たとえコントと言えどここまでカメラワークや独創的な世界観の演出にこだわりぬいて撮れるなら、三谷幸喜あたりなんかよりずっと上等に映画だと私は思うんです。
誤解を恐れずにいうなら、なんか全盛期の松本人志のコントと似たような空気もあったり。
またクライマックスがもう、ほんとくだらなくて。
そこからのエンディングが人情喜劇風になってるのがまた最高。
最高傑作ではないかもしれませんが、アンダーソンの作品の中では私、一番好きかもしれません。
とりあえず、常連俳優にただおかしなことをやらせるマンネリズムからは少なくとも脱却したかな、なんて。
広く一般におススメできる一作ですね。
これまで琴線に触れなかった人も、この作品ならいけるんじゃないか、と思います。
ねじレート 88/100
