近畿地方のある場所について

2025 日本
監督 白石晃士
脚本 白石晃士、大石哲也

さて、この作品に関しては、私、珍しく原作を読んでいて。

原作は、雑誌記事、ネットの書き込み、インタビューの起こし、手紙などの雑多な文章を章立てし、積み重ねていくことで一つの真相を導き出すという、モキュメンタリー形式の構成で、修辞や主観をそぎ落としたシンプルさが隠された恐怖を浮き彫りにする秀作だったんですが、この映画作品を前にしてですね、まず私が思ったのは「原作をいったいどう料理するつもりなのか?」だったんですね。

だって主人公不在なんですよ、原作は。

淡々と事実のみを提示していく没感情な進行こそがこの物語の真骨頂であって、そこに主人公キャラやサブキャラ放り込んだら絶対世界観が壊れる、しいては怖くなくなる、と私は考えていて。

仮に群像劇にするとしても、あまりの登場人物の多さから物語が破綻することは必須。

多分、見てて全体像を把握できないと思うんです。

ここは白石晃士の腕の見せ所だよなあ、って。

なんせノロイ(2005)を撮った監督だし。

ノロイと言えば国内モキュメンタリーホラーの金字塔と言っても差し支えない傑作ですから。

小説とはいえ、この手のセミドキュメントはお手のものだろうと。

白石×背骨のタッグに強く惹かれてこの映画を手に取ったことは間違いない。

そしたら、だ。

映画はまるでモキュメタリーじゃなくて、えっ、って

小説後半に登場した女と記者をダブル主演にするという暴挙をやらかしておりまして。

なおかつこれ、はっきり言っちゃうけどノロイ下位互換やないかーい(ダメなリブートと。

いやもうほんと脱力&嘆息。

なんでノロイをもう一回やるんだよ、って。

ひょっとして本人気づいてないとか?

いや、まさか。

ともあれ一番致命的だったのは、因果をロジックで解き明かしていく理知的な内容(小説)が、ありがちな裏切りのサスペンスにすりかわっていたことですね。

いや、そっちじゃないだろ、と。

想像の余地たっぷりな得体の知れない恐怖が、姑息な裏切りに暗い希望を見出す哀れな人間のドラマに踏みつぶされちゃってるんですよ。

いやー、見事に原作の恐ろしさ台無し。

ほんとに背骨が脚本に協力したのか?と思える空転ぶりで。

100歩譲ってね、原作と映像は別物、と割り切ったとしても、最後のどんでん返しにいたる伏線なり、ドラマ作りが雑過ぎてサスペンスとしても低調、と言わざるを得ない。

また、クライマックスで登場した人外がもうねー、ほんと脈絡なくて。

なにも回収してないばかりか、なんだあのデザイン、とあたしゃひどく興ざめ。

いまさら鬼太郎にかぶれたのか?って。

ノロイのクライマックスに登場した女のほうがよっぽど怖かったわ。

さらにダメ押しだったのが、菅野美穂の恐ろしい大根ぶりで。

ほんともうどうしたんだこの人?と見てて心配になるほど棒読みなんですよね、セリフ。

若い頃しか私は知らないんだけど、もっとうまかったような気が・・錯覚?

うーん、失敗作でしょうね、ヒットしたみたいだけど。

多分オカルトミステリにしたかったんでしょうが、沸点の低いしらじらしいホラーにしかならなかったな、と。

残念。

振り返ってみれば、そもそもがハードル高かったな、という気がしなくもありません。

白石監督には原作なしのオリジナルを手掛けてほしい、と思う次第。

ねじレート 35/100

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