2025 イギリス/アメリカ
監督 ダニー・ボイル
脚本 アレックス・ガーランド

『走るゾンビ』はやっぱうけつけねえ、と再確認する作業でしかなく…
28日後…(2002)、28週後….(2007)に続く第三弾で、ダニー・ボイルとアレックス・ガーランドが再びタッグを組んだことが話題になったゾンビ映画。
書き出しからいきなり、ではあるんですけど、私は28日後…も28週後…も一切、認めてなくて。
なにがダメって、今更それかよ、って言われそうですけど『走るゾンビ』がね、受け付けないんですね、私。
ゾンビはスローモーだからこそ気味が悪いんであって、その緩慢さにこそね、死の向こう側の存在なのに物理に侵されていく哀れさが垣間見えるんであって。
生者はね、ゾンビがうろうろと徘徊、腐敗してもなお死に切れぬ様に、死生観を問われるわけですよ。
引き延ばされたモラトリアムな死を、受けいれるべきなのか、否か、ってね。
それがあなた、全力疾走でゾンビに迫られてきてみ。
考えてる暇なんてねえし。
逃げるのだけで手いっぱいだし。
こんなの別に熊や猪でも大きく変わらないわけで。
見目が人間なだけで、命を奪われる恐怖と戦う、って意味では知性に劣る点でたやすく置換が可能ですしね。
なんでわざわざ同族殺しのタブーを、罪悪感薄めな演出で軽めにしてやらきゃならんの?って。
私にいわせりゃ『走るゾンビ』とか、間口を広げるための浅ましい施策でしかなくて。
なじみやすいゾンビ映画とか、クソくらえとしか言いようがなく。
そもそもね、ウイルス感染してるのに元気いっぱいキレキレの動きとか、病理学的にもおかしいだろうが、って。
一時的にそうなる、ってのならまだわかる。
数年を経てもキレッキレとか、もう別の生命体じゃねえかよ、と。
何か別のものに進化しちゃってるし。
作中で言及されてるレイジウイルスが人体を細胞単位で作り変えるとか、そんな説明は一切ないわけで。
もう前提からして緩いんですよね。
それで、だ。
なんでここまで徹底的に嫌ってる『走るゾンビ』映画をわざわざ見たのか?というと、これはもうひとえにアレックス・ガーランドが参加してるから、に他ならなくて。
アナイアレーション(2018)以降の彼の活躍は目を見張るものがある、と思うんですね。
個人的には、近年最も独創性の高い映像作家だと感じてて。
そのガーランドが再びやる、ってのなら以前とはなにか違うアプローチがあるんじゃないか、と。
若かりし頃とはきっとお話の作り方も、着眼点も変わってきてるだろうし。
そしたらですよ。
えー・・・・見るんじゃなかった。
これほんとにガーランドの脚本か?とマジで思った。
もうね、一時期のゾンビ映画ブームの最中に発表された諸作や、ウォーキング・デッド(2010~2022)等でやりつくされたネタを恥ずかしげもなく使いまわしてたりするんですよ。
それでいて物語の骨子は、無謀で一途な少年の冒険譚、ときた。
もう、ほんとごめん、これ、何が面白いの?と。
一から十まで既視感強くて。
よくこれを三部作にしようと思ったな、と。
いや、100歩譲ってね、これはゾンビ映画ではなく、隔離されたイギリスで謎のモンスターに囲まれながらも生き抜く人々を描いたSFサバイバル映画だ、と考えたとしても、あまりに意外性や目新しさに乏しくて。
イギリス本土上陸早々、オカンの首ちょんぎるぐらいのことはやってくれないとあくびがもれるわけですよ。
唯一、なんだこれ?と思ったのはケルソン先生のメメントモリぐらいですかね。
ここだけは何かが起こりそうな気配が満ちてました。
ま、別段なにも起こらなかったんだけどね。
うーん、私は評価できないですね、この映画。
もうガーランドはこっちにかかわらない方がいい。
単独でやってる方がよっぽどオリジナリティ高いもの作ってる。
とりあえず、忘れることにします、というか、多分、すぐ忘れる。
残念。
ねじレート 35/100

