1970~72年初出 辰巳ヨシヒロ
青林工藝舎
<収録短編>
地獄
はいってます
男一発
さそり
飼育
東京うばすて山
いとしのモンキー
グッドバイ
貸本漫画時代から活躍し、漫画を初めて「劇画」と提唱したことで有名な作者の代表作を集めた短編集。
2010年にシンガポールのエリック・クー監督が本書に収録されている「地獄」「はいってます」「男一発」「いとしのモンキー」「グッドバイ」をアニメ化して発表したことにより、近年俄然注目度が高まりました。
正直な話、70年代初頭ならいざしらず、それ以降は国内において一部好事家を除きほとんど評価されてこなかった漫画家だと思います。
そこはもう見事に世代間の断絶があった気がしますね。
貸本時代に青春を過ごした人にしか知られていない、みたいな。
さいとうたかをと同じ時代を生きた人らしいんですが、さいとうたかをがゴルゴ13やサバイバルで80年代を乗り切ったのに対し、辰巳ヨシヒロは頑なに自分のスタイルを変えず、埋没していった漫画家という印象ですね。
実際、単行本が本屋にほとんど並んでないですし。
90年代に「地獄の軍団」という作品をチラッと読んだことがあるんですが、これだけ毎日マンガ読み漁ってる私ですらそのシリーズしか見かけた記憶がない。
ただ海外では国内での不遇が嘘であるかのように、やたら評価が高かったみたいです。
ヨーロッパ各国で翻訳版が発売されてますし、2005年にはフランスでアングレーム国際漫画祭特別賞を受賞したりもしてる。
なにが外国人の心を捉えたのか、私にはちょっと理解しにくいものもあったりするんですけどね。
で、肝心の内容なんですが、本書に収録されてる短編に限って言うなら、一貫して描かれているのは社会の底辺に生きる人間たちの苦悩であり、悲哀です。
やり場のない怒りや慟哭、あきらめが黒々と渦を巻いて救われなさの俎上で料理されてる。
独特な余韻を残す作品群であることは確か。
あえてオチらしいオチをつけようとしてないようにも見受けられますね。
一風景を切り取って、その後の顛末は読者の想像にまかせる風な。
どこか韓国映画(キム・ギドクとか)にも似た感触があるなあ、と思ったりもしたんですが、やっぱりね、なかなか現代日本の若い読者のシンパシーは得にくいだろうなあ、とは思う。
絵柄も語り口も文脈もなにもかもが古いんです。
内実を掘り下げるなら根源にあるものは何ら古びていない、という見方もできるかと思います。
けれど表現手段が時代に置いていかれてしまってる、ってのはどうしたってある。
変わらないことが40年を経て再評価につながったことは理解できるんですが、それを好ましく思えるか、リスペクトできるか、ってのはまた別の話で。
私の中では漫画史における歴史的文献、みたいな位置づけですね。
古典というのもちょっと違う、オリジネイターと呼ぶには貸本時代を知らなすぎる、ただ、こういう作品もあったのだ、という感慨以上のものは産まれてこない状態。
漫画文化黎明期の息吹は感じられます。
それをどう捉えるかは読む人次第でしょうね。