ラスト・ムービースター

ラスト・ムービースター

アメリカ 2017
監督、脚本 アダム・リフキン

往年の映画スターの落ちぶれた晩年を、悲喜劇風に描いた人間ドラマ。

さて、本作における「映画スター」とは言うまでもなく主演のバート・レイノルズのことでありまして。

劇中ではヴィック・エドワーズと呼称されてますが、知ってる人が見たらどう考えたってバート・レイノルズご本人のことを言ってるとしか思えない。

よくぞまあ、出演を快諾したことだな、と。

もう完全にイジりにかかってますからね、監督。

情け容赦ない、というか一切美化してない、というか。

伝説的存在であることは否定してないですが、作中では完全に過去の人扱いですから。

普通なら「バカにしやがって、ふざけるな!」とご本人、お怒りになりそうなものですが、バート・レイノルズ、どこかしら嬉々と演じてる風でもあって、なんとも懐が深い、と素直に感服。

だってね、70年代にはヌードも披露して、アメリカのセックスシンボルと言われた俳優ですよ。

80年代半ばまで、出る映画全部当たった「タフガイのアイコン」みたいな人ですから。

それがもう作中ではヨレヨレのじじい。

取り巻きも居なければ、世話する人も居ないし、妻も居ない。

若い子なんかバート・レイノルズの名前すら知らない。

どれぐらい脚色、誇張されてるのかはわからないですけど、これが限りなく実像に近いのだとしたら、もう、そっとしておいてあげて、と他人事ながら思ったりもする。

そこをあえてほじくり返すことで物語は進行していくわけですけど、手作りの映画祭に招待されてブチ切れる展開から、過去を追体験するかのように主人公を小さな旅へといざなったシナリオ構成は秀逸だったと思いますね。

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正直、私もバート・レイノルズに関してはトランザム7000(1977)とブギーナイツ(1997)でしか見たことがないんで、決して詳しいわけじゃないんですが、彼が何を経験して俳優を目指し、やがて頂点に立ち、どんな過ちを犯し今に至ったのかを断片的ながらも見せつけられると「人に歴史あり」をまざまざと実感するというか、知らず知らずのうちに、その浮き沈みの激しい生き様に目が離せなくなる、というか。

リアリティショーかよ、って話ですよ。

作劇に格別大きな作為は感じないんだけど(指輪のシーンを除けば)、それでも普通にドラマチックだったりするんですよね。

特にトランザム7000と脱出(1972)のワンシーンをうつし世の夢みたいな感じで挿入したのはずるい、と思った。

もう二度とは戻らぬ栄光を現在と対比する痛ましさには、どこかしら奇妙な輝きがあって。

別段ファンでもないんだけど、あんたやっぱり伝説のムービースターだよ、と肩を抱きたくなるというか。

私に抱き寄せられたところで迷惑千万でしょうけど。

少し残念だったのはエンディング。

なぜヴィック・エドワーズは変心したのか?にあまり説得力がない。

いささか体よくまとめちゃったかな、と。

いい話で終わりたかったのはわかるんですけどね、どこか予定調和気味。

周りの人間も含めて、全部がそう都合良くはいかないだろうと。

ま、どこを落とし所にするのか?は難しい問題だ、とは思うんですけどね。

バート・レイノルズが自分自身を茶化してみせたという点に価値を見出す映画じゃないでしょうか。

これが遺作になった、というのもなんとも奇妙な共時性を感じますね。

余談ですがバート、タランティーノのワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(2019)に出演が決まってたそうです。

実現できなかったわけですが、もし出演がかなっていたらこの映画でヴィックがクライマックスで言い放ったような展開が現実になってたかもしれない、とふと思ったりしました。

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