サスペリア(リメイク版)

イタリア/アメリカ 2018
監督 ルカ・グァダニーノ
脚本 デヴィッド・カイガニック

サスペリア(2018)

見始めて30分ぐらいで「これはちょっとすごいことになっているのではないか」と慌てて居住まいを正したのがこの一作。

いやでもサスペリア(1977)でしょ?あれがどう化けるってのよ?とタカをくくってる年配の方々も大勢いらっしゃるかと思うんですが、断言しよう、完全に別物です。

なんだろ、物語のタッチがまるで違うんですよね。

さあ、ホラーですよ、おどかしますよ、って感じじゃない。

基本的な設定はオリジナルと変わってないんです。

バレエ学校で起こる怪事件の数々が主人公の少女を追い詰めていくというシナリオ進行もほぼ同じなんですが、ストーリーをどう肉付けていくのか、追加して盛られたエピソードなり新たな登場人物なりの「物語外側の背景」へのこだわり、デティールの緻密さが尋常じゃない。

なんせ随時挿入されるのが、当時ドイツで社会問題となった極左民兵組織のテロ事件の推移。

さらに新たな登場人物である心理学者クレンペラーはユダヤ人で、ナチスドイツから命からがら逃げ延びた過去を持つ。

なんの社会派ドラマなんだ、って話だ。

まだ戦争の傷跡が残るドイツの不穏な社会情勢が、バレエ学校での出来事と密接に絡まりあっていくんですね。

なぜ監督はホラーにわざわざ当時のドイツ社会を反映させたんだろう?と、最初はわからなかったんですけど、これ、サスペリアが魔女をテーマにした作品である、ということに注目できればその意図は少しづつ読み解けてくる。

キリスト誕生以前にすでに存在したとされる3人の魔女は、他の神を認めないキリスト教の弾圧でどのようにして世から追われたのか?それを遠回しに語るクレンペラーのセリフで気づく人は気づくはず。

同じなんですね、構造が。

戦犯ともいえるナチスドイツの残党が、いまだ政府の中枢に生き残る「1977年当時のドイツ」と、スケープゴートと化した「魔女、及び後の異端信仰」のたどる経緯が。

アイヒマンを追え!(2016)って映画があるんですけどね、これを見れば当時のドイツのことを詳しく知ることができて、本作読解の手助けになるかも。

しかし、魔女を描くためだけにここまで用意周到にその歴史や語られざる事実を赤軍まで引っ張り出して暗にほのめかしてくるか?って感じですね。

魔女が本来はヨーロッパの社会において賢人的存在であった、ってことを知らないとついていけないことは間違いない。

もうこの時点でオリジナルのサスペリアを軽く凌駕してる、と私は確信。

オリジナルの強烈さを否定するつもりはないんですけどね、考え抜かれた魔女へのアプローチの仕方がホラーの枠組みを飛び越えちゃってる。

しかもそれでいて、わきあがってくる怖さがある。

光度を抑えた薄暗い映像が暗鬱で雰囲気作りに長けてるってのもあったんですが、妙に流麗なカメラワークや、踊ることへの心理的取り組みをじっくり追ったシナリオが潜在的な狂気を浮き彫りにし、やたらと気持ちをぞわぞわさせるんですよね。

ていうかこれ、バレエというより暗黒舞踏じゃねえのかよ、って。

詳しくないのでわからないんですけど、踊りが独特すぎやしないかと。

私は白虎社(1980-94)のステージでも見てるかのような気分になった。

特に前半の鏡張りの部屋でのシンクロシーンはその最もたるものでしょうね。

もうさっぱり意味がわからんのだけど、ブラック・スワン(2010)のタガがはずれてあっちの世界に行っちゃったのかと思った。

いきなり人体破壊系のゴアをああいう形でぶちかましてくるんだからまったくもって油断できない。

文脈がホラーのセオリーにのっとってないから、全方位に警戒しつつ見なきゃならない、とでもいうか。

なんなんだよ、この薄気味悪さはよ、って。

で、白眉はやはりオリジナルにはないどんでん返しが待ち受けるクライマックスでしょうね。

どこにそんな伏線があったんだよ、と思わなくもないんですが、一連のシークエンスがあまりにも悪夢的な暗黒の饗宴すぎて私は震え上がった。

ここ10年ほどの間で見た中でもトップクラスでしたね。

なんせその夜、夢に見たぐらいですから。

ホラー歴20年の私がここまで怯えたことってまず近年にない。

はっきり言ってトラウマ級。

さらに監督がすごかったのは、そこで物語を結ぶことなく、ちゃんと前半の流れを汲んだエンディングを配置してみせたこと。

これね、ほのかに感動的だったりするんですよ。

いやいや何事かって。

あれだけの地獄絵図を静かな狂気で演出してみせたあとにこれかよ?!と言葉を失いましたよ、私は。

もう一度、最初からじっくり見てみたい、と強く思いましたね。

不可解なシーン、なんとなくやり過ごしてしまった場面に意味が隠されてるんじゃないか?という気がすごくした。

一度見ただけではそのすべてを把握できない、ある種の迷宮的大作と言っても間違いではないと思います。

多分私も現時点ですべてを理解しきれてない。

ちなみにオリジナルの監督であるダリオ・アルジェントは「こんなのサスペリアじゃねえ!」と激高したらしいですが、私は真逆で、この作品には監督の深い愛情とリスペクトがあるように感じましたね。

嫉妬か、アルジェント?知らないけども。

ともあれ、そんじょそこらのホラーだと思って見るととんでもなく惑わされる、もしくは激しく混乱すること必須でしょうね。

それを踏まえた上であえて私は、これは必見だ、と主張したい。

ちょっとないですよ、こんなホラー映画。

余談ですがティルダ・スウィントンがなぜ3役をやってるのかは私、解き明かせてません。

やはり、もう一度見ないとだめだ、これは。

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