山岸凉子の作品集 14冊

山岸凉子の作品集 14冊

1972年初出 ゲッシング・ゲーム(集英社セブンティーンコミックス)

掲載紙の性格上の問題もあるとは思うんですが、個人的には相当きつかった長編。
第一話は72年に描かれているので初期の作品と言っていいと思います。
もう、何もかもが古い。
ストーリーも設定もキャラもいかにも昔の少女マンガ。
お耽美で美形でしかもボーイズラブ風味で、これ、作者に慣れしたんだ人でも結構辛いと思う。
あたしゃ男性なので余計にそう思うのかも知れませんが、ちょっと人前では読めません。
色々誤解されそう。
のちの、人の心の暗部に容赦なく踏み込んで苦い味を残す独特の作風はまだ確立しておらず。
こういうのも描いてたんだ、と興味深くはあるんですが、今あえて読まねばならないなにかを私は発見することができませんでした。

1973~76年初出 ひいなの埋葬(白泉社花とゆめコミックス)
<収録短編>ひいなの埋葬/幸福の王子/三色すみれ

比較的初期の短編を集めた作品集。
絵柄も全盛期に比べればいかにも少女マンガでさらに線が細い感じ。
表題作「ひいなの埋葬」は格式や家柄にとらわれた薄幸な皇族の類縁を題材とした物語で、年代物の雛人形を小道具に使ったりと、作者らしさは随所にかいま見れるものの、読んだことを後悔したくなるほどのシビアな語り口はまだ表出しておらず。
似たような話がどこかにありそう。
「幸福の王子」は何が描きたかったのかわかりにくい印象。
「三色すみれ」はオムニバス形式で3話連続して読ませる形をとっているんですが、3話に特に共通点があるとも思えず、意味不明。
まあ、ファンのための一冊、と言うところでしょうか。

1973~74年初出 ティンカー・ベル(朝日ソノラマサンコミックス)
<収録短編>ティンカーベル/ラプンツェル・ラプンツェル/カボチャの馬車/わたしの人魚姫/ねむれる森の

「ティンカーベル」は引っ込み思案でコンプレックスだらけな少女のラブロマンス。
少女マンガの王道である。
ど真ん中な路線でシニカルな演出も控えめ。
妖精が小道具として登場しますが、まあありがちな使われ方。
「ラプンツェル・ラプンツェル」はタイトルのとおり、グリム童話を下敷きに、塔の最上階に幽閉された少女とその母親との愛憎渦巻く関係性を描いた佳作。
らしい作品だと思いますが、ラスト、これは本来なら警察沙汰なのでは?と言う仰天の展開があり、そこを何事もなかったかのようにスルーしてしまうのが消化不良な感じ。
「かぼちゃの馬車」はこれまたいかにも70年代なコメディタッチのラブストーリー。
お姫様にあこがれる少女のハートをがっちり、ってなところでしょうか。
「わたしの人魚姫」は南国の孤島に仕事でやってきた兄弟が浜辺で正体不明の少女を拾い、滞在先に連れ帰るが・・・というありがちなパターンのありがちな物語でオチもありがち。
「ねむれる森の」はアンデルセン童話を下敷きにしたホラー。
着想は悪くないんですが、完成度は低い。
手際の悪さが目立つ。
どうやらこの短編集はすべてなんらかの童話を元にアイディアを発展させた作品ばかりが集められているようで、それぞれの掲載紙はバラバラとはいえ、とりあえず短編集全体としての統一感はありますね。
でもまだ開花前、という印象。

1976~77年初出 セイレーン(白泉社花とゆめコミックス)
<収録短編>セイレーン/パニュキス/愛天使

この作品集ぐらいからだんだん怖い山岸凉子が顔をのぞかせてきます。
まさに真骨頂!とでも言いたくなるのが表題作「セイレーン」。
ギリシャ神話を下敷きにホラーなタッチでストーリーを進めておきながら、実はエディプスコンプレックスが隠しテーマとして存在するクライムサスペンスな一作。
容赦なしです。
読後感としていやーなものが残ります。
何もこんなことまであからさまに描かなくても良いのに、と思うんですが、でもこれこそがまさに山岸さんだよなあ、とも思います。
「パニュキス」は作者にしては珍しくハッピーエンドな秀作。
テーマは幼児的なナルシシズムか。
「愛天使」は複雑な家庭環境を受け入れられぬ主人公と継母との確執を無垢なる存在が昇華する物語。
神話的、といえば神話的なんですが、ストーリーの現実的な収束に、本当にこの人は頭がいいと感心する。
充実の短編集。

1980年初版 天人唐草(朝日ソノラマサンコミックス)
<収録短編>天人唐草/キルケー/夏の寓話/悪夢

駄作なしの傑作短編集。
表題作「天人唐草」は人が狂気に至る構造を、厳格な家庭に産まれた1人の女性の少女時代からじっくり描いた傑作。
重いし救いのない話ではあるが、まさに山岸さんならではの舌鋒鋭さが冴え渡る。
見事。
「キルケー」は山中の古びた洋館に迷い込んだ少年少女を襲う怪を描いた作品で、まあ古くからあるパターンっちゃあパターンなんですが、館の主の描き方が秀逸。
自己愛に溺れる妖魔の描写が多重に隠喩的。
「夏の寓話」はこれまた良くあるパターンのホラーなんですけど、オチが恐ろしく重い。
オチに至る数ページの描写には正直鳥肌がたった。
らしくないといえばらしくないし、何かを啓蒙するのに使われそうな・・と思ったりもしましたが、短編としての完成度は恐ろしく高い。
「悪夢」は多分実在の人物を題材にしたであろう仮想現実を描いたSF。
仮想現実というと電脳か?と思われそうですが、この場合は夢なのか、現実なのか、って意味。
オチのどんでん返しが素晴らしい。
全編通して作者にしか描けない短編の醍醐味が堪能出来ます。

1980年初版 ハーピー(朝日ソノラマサンコミックス)
<収録短編>ハーピー/雨の訪問者/ウンディーネ/ストロベリーナイトナイト

表題作だけあってとてもよくできた短編なのが「ハーピー」。
妄想なのか、現実なのか、読者を煙に巻く手法はお見事。
現実に潜む狂気の描き方が秀逸。
「雨の訪問者」は藤子先生が描きそうな大人のファンタジー。
すこし、ふしぎで読後感もさわやか。
「ウンディーネ」は神話を下敷きに見えざるものの存在を描くという作者お得意のパターン。
悪くはないです。
「ストロベリーナイトナイト」は黄泉比良坂や夜叉御前と同じ系統の作品で物語の顛末を主人公の視点で描いた傑作。
先の読めない展開やちらつく狂気がぐいぐい読み手を引き込むし、マンガでしか表現できぬ演出が素晴らしいです。
開放感と絶望が同居するオチも鮮やか。
SFが好きな人はこの短編だけでも読んでおくべきか、と思う。
総じて充実の一冊。

1980~81年初版 メデュウサ(朝日ソノラマサンコミックス)
<収録短編>鬼来迎/籠の中の鳥/恐怖の甘い物一家/ダフネー/メデュウサ

作者らしいといえばらしいんですが、あまりにむごくて後味の悪い大傑作が「鬼来迎」。
人の心の闇とはなんと深くて救われぬものかと戦慄することしきり。
オカルトに傾倒した探偵小説風の風情もあって、まさにこりゃ必読。
最近はそうでもないのかもしれませんが、一時期乱造されたいわゆる安易なサイキックものは本作でも読んでちっとは勉強しろ、と言いたくなるのが「籠の中の鳥」。
プロットといい、設定といい、きちんと救いのあるオチといい完璧。
伝奇SF的なんですが、これは山岸凉子にしか描けぬ名品だと思います。
「恐怖の甘い物一家」はエッセイマンガ。
肩の力を抜いてどうぞ。
「ダフネー」は母親の盲愛と贖罪がテーマの猟奇ミステリ。
これまた良くできた短編。
「メデュウサ」は黄泉比良坂や夜叉御前と同じ系統の作品で、これもまたぞわぞわと産毛がたつ感じでじっくり読ませてくれます。
駄作なしでオススメの一冊ですね。
この頃が一番のりにのっていた時期ではないでしょうか。

1981年初版 赤い髪の少年(朝日ソノラマサンコミックス)
<収録短編>赤い髪の少年/だれかが風の中で/学園のムフフフ/ネジの叫び/クリスマス

「クリスマス」がボニータコミックス「黄泉比良坂」に重複収録。
「赤い髪の少年」はジュールルナール原作の「にんじん」をマンガ化したもの。
さすがに有名な作品だけあってよくできた話だと思います。
作者の作風にも合ってる。
マンガならではのなにか、は希薄ですけど。
「だれかが風の中で」はいわゆるホーンテッドハウスもの。
少女マンガらしい切り口が作品自体の怖さをやや軽減しているか。
「学園のムフフフ」は山岸さんにしては珍しい学園コメディ。
オチも展開も予想のつく内容で、ひねりもないな、とは思うんですが、めずらしく重くならず、暗くならずな短編なので肩の力を抜いて楽しんで読めた、というのはありましたね。
たまにはこういうのも良い、と思った次第。
「ネジの叫び」はセオリー通り順当にツボを押さえたホラー。
意外性はないんですが単純に怖い。
ホラー好きとしてはラスト2ページがちょっと余計か、と思ったりもしますが。バラエティに富んだ一冊。

1983年初版 あやかしの館(小学館フラワーコミックス)
<収録短編>あやかしの館/化野の/夜叉御前/汐の声/ある夜に

ホラーっぽい作品を集めた短編集。
やはり突出しているのは「汐の声」か。
これは怖いです。
いやもう半端じゃなく怖い。
いい大人が読んで「ギャッ」と悲鳴を上げそうになる。
都市伝説化してもおかしくないぐらい着想の見事な傑作ホラー。
とっくに壊れてるのに優等生なままの哀れな娘が、家族そのものを崩壊させていく様を一人称で描いた「夜叉御前」もなかなかの出来。
「化野の」は幻想小説風。
特にオチはないものの忌まわしいイマジネーションの数々に惹き込まれる。
唯一、ズッコケそうになるのが表題作の「あやかしの館」で、これはオチにすべてを賭けた前フリの異様に長いギャグ作品なのか?と首をかしげました。
楳図先生リスペクトなのか?
異色作。
なぜこれがタイトルになっているのか、よくわかりません。
「汐の声」目あてで購入、でいいんじゃないでしょうか。

1985年初版 黄泉比良坂(秋田書店ボニータコミックス)
<収録短編>黄泉比良坂/クリスマス/海底より/シュリンクスパーン/幸福の王子

「幸福の王子」が花とゆめコミックス刊「ひいなの埋葬」に、クリスマスがサンコミックス刊「赤い髪の少年」に重複収録。
「黄泉比良坂」は見えざる不可視の存在を、不可視の存在の側から描いた秀作。
あまり詳しく書くと、せっかくの作者の仕掛けが台無しになってしまうので書けないんですが、本作、題材はありきたりながら切り口の巧みさでぐいぐい読ませる、作者らしいテクニカルなホラーです。
ラスト1ページがやたら怖い。
 「クリスマス」は孤独な少年と万年少女な不遇な叔母の心の交流を描いた傑作。
読者の好みにもよるかと思うんですが、あたしゃ気を許すと涙腺が弛緩しそうでひやひやした。
これ、優れた監督が映像化したら傑作になると思う。
叔母役は是非メリル・ストリープで。
珍しく感動路線。
「海底より」も作者らしいホラーですが、ちょっとオチが弱いか。
最後にもうひとひねり欲しかったところ。
「シュリンクスパーン」は帰る家のない孤児と作家の交流を神話の牧神パーンの物語になぞらえて描いた佳作。
ちょっとオチが都合良すぎるか、とも思うんですが、ああよかったね、とホッとはします。
これまた充実の一冊。

1986年初版 海の魚鱗宮(角川書店山岸凉子全集16)
<収録短編>海の魚鱗宮/狐女/籠の中の鳥/鬼来迎/夜叉御前/八百比丘尼

全集なのであたりまえですが、収録作品が過去に出版された単行本と重複。
多分発刊時の単行本初収録は「海の魚鱗宮」「狐女」「八百比丘尼」だと思うんですが、自信なし。
表題作「海の魚鱗宮」は失われた過去の記憶を巡る優れたサスペンス。
この短編ひとつで映画一本撮れます。
「狐女」は妾腹に産まれた少年と旧家のドロドロを描くインモラルな人間ドラマ。
作者お得意の題材。
「八百比丘尼」はちょっと異色作で、トンデモSFというかオチが安っぽいというか、らしからぬB級感が意外。
私は単行本未収録作が読みたくて買ったんですが、古くからのファンはあえて買うほどでもないかも。

1986年初版 ゆうれい談(角川書店山岸凉子全集17)
<収録短編>ゆうれい談/読者からのゆうれい談/あやかしの館/汐の声

全集なのであたりまえですが、収録作品が過去に出版された単行本と重複。
単行本初収録はおそらく「ゆうれい談」「読者からのゆうれい談」のみか、と思ってたんですが昭和53年に同タイトルで小学館から単行本が発売になってたみたいです。
古書店でも見かけたことないなあ。
表題作はごく初期の身近に起こった怪奇な出来事を、実録漫画風に綴ったもので貴重と言えば貴重かもしれませんが、こりゃファンしか喜ばないのでは、とも思います。
「読者からのゆうれい談」も同じ。
実録怪談集といってよい体裁で、旧作を既に読んでいる人にとっては価値の低い一冊かも。
名作「汐の声」をエッセイもどきと一緒に収録しちゃうのはどうか、と思ったりはします。 

1986年初版 馬屋古女王(角川書店山岸凉子全集9)
<収録短編>馬屋古女王/神かくし

「馬屋古女王」は日出処の天子の後日譚とでも言うべき番外編。
聖徳太子の末娘であり、その異形性を最も色濃く受け継いだ薄弱児、馬屋古を巡る物語なんですが、これがもう半端じゃなくおもしろい。
日出処の天子に熱中した人は間違いなくぐいぐい引き込まれていくであろう傑作。
中編だというのにその内容の濃さもさることながら、滅びのカタルシスすら感じさせるエンディングがお見事。
「神かくし」は作者にしては珍しい時代劇。
しかしながらこれがまた傑作。
全盛期の小池一夫クラスの一品。
当時、全集の中でこの単行本が最大の目玉であり、私もこの一冊が一番がおもしろかったですね。
必携でしょう。

1992~93年初出 甕のぞきの色(秋田書店プリンセスコミックス)
<収録短編>甕のぞきの色/蓮の糸/二口女

「甕のぞきの色」は民間療法にひそむうさんくささを、宗教にすがろうとする人間の心理を絡めて思弁する作者流の「無意識の力」に対する回答。
物語と言うより、半エッセイっぽい。
「蓮の糸」は実録怪異譯。
どうやら山岸さんはご家族そろって見える人のようです。
「二口女」は怪談を題材に行き遅れた年増の女の婚活をコミカルに描いた佳作。
全体的にこの短編集はあまり物語志向ではなく、作者が普段から考えてることを雑記っぽく書き連ねたような印象ですね。
ゆうれい談とか、お好きな方はいいかも。

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