イアラ

1970年初出 楳図かずお
小学館文庫 全5巻

<収録短編>
イアラ 1話~7話
ねむり
雪の夜の童話

ねじれた空間
smile
指輪
ロウソク
くさり
きずな
愛の奇蹟
ほくろ


いろ

夏の終わり

一つの石
こがらし

宿
雪の人
南へ
ドアのむこう
蟲たちの家
内なる仮面
列顔鬼 1話~4話
森の唄

波打ち際の女
螺旋階段

表題作イアラは全7話単行本1巻分ぐらいの分量。

それ以外は、全く無関係な短編が30作ほど収録されてます。

実質、短編集と考えていいでしょうね。

なぜこのシリーズが全部ひっくるめて「イアラ」とタイトルされてるのか、よくわかりません。

元々は同じ小学館のゴールデンコミックスのラベリングでB6版全6巻で発売されてたんですが、私が読んだ文庫版は5冊に圧縮されてるんで、ひょっとするとB6版のみに収録されている短編もあるのかもしれませんが、調べきれず。

現在、小学館文庫からは新装版として単独で「イアラ」が全一冊、他の短編はイアラ短編シリーズと名付けられて「愛の奇蹟」「ドアの向こう」「内なる仮面」が発売されてます。

比較的作風が安定してきた頃の短編が収録されてるんで、かつて朝日ソノラマから発売されていたこわい本シリーズよりは読み応えがありましたね。

中でも突出しているのは「愛の奇蹟」「耳」でしょうか。

特に「愛の奇蹟」は私みたいなひねくれた大人ですら、純心が見事結晶化するあまりにロマンチックな物語の顛末に、涙腺が爆発した。

ずるいぞ!楳図かずお!と鼻水かんだよ。

作者お得意の、美醜をテーマに醜女の屈折した心情を鋭く描いた「耳」もとんでもない。

最後にそういう選択をしてしまうからこそ彼女の人生は華やかさとは無縁だったのだ、と語りかけるオチの残酷さが、主人公の内面を丸裸にしすぎてて戦慄しましたね。

けれど、それこそが美しくないということの本質なのかもしれない、と最終的には思わせてしまうんだから、なにかと恐ろしくなってきたりもする。

ここまで女性を偶像化せず現実的に描くことのできる男性漫画家って、楳図かずおしかいないんじゃないでしょうかね。

「愛の奇蹟」「耳」ほどではないですが、なぜか4巻に集中した「傷」「宿」「雪の人」「南へ」「ドアのむこう」「内なる仮面」の6篇も秀作揃い、と言えるでしょう。

男女の心の機微をあざやかに照らし出した大人のドラマ揃いで、SFっぽい妙味がいいアクセントになってる。

ちなみに黒沢清が映像化した「蟲たちの家」はかなり難解な一編です。

これは一読しただけじゃあ意味がよくわからない。

心理的な変容を現実に透過したと考えるべきなんでしょうけど、過分に実験的で。

よくぞまあ黒沢は、こんなややこしい一作をあのような解釈で映像にしたものだな、と思ったりもしたんですが、それはまた別の話。

5巻に収録されてる「森の唄」も心理(サイコ?)サスペンスとして出色の出来。

考えれば考えるほどしみじみと怖い。

少し脚色してやれば映画にできるぞ、これ、と思いましたね。

で、肝心の「イアラ」なんですけど、ぶっちゃけ表題作の割にはなんだかよくわからない、ってのが正直な感想だったりしまして。

手塚先生の火の鳥レベルで長い時間を飛び越えていく物語なんですけど、何かと抽象的でね。

さしたる根拠も要因もなく死を超越して生き続ける主人公、土麻呂の存在がまず理解不能ですし。

なにが起こってるのかよくわからないまま、失ってしまった女の生まれ変わりを探し続ける男の話を時代や場所を変えて連作されてもね、どこかついていけない部分があって。

多分、愛をテーマに輪廻を描きたかったんでしょうけど、整合性と脈絡に欠けるものだから伝わってくるものもどこかおぼろげ。

うーん、知名度の割には低調な気がするんですが・・・。

どちらかというと短編のほうが面白かった、というのが本音ですかね。

イアラはともかくとして油がのってる時期の作品集なんで、買って損なし、とは思うんですけどね。

タイトルとURLをコピーしました