アメリカ 2021
監督、脚本 リサ・ジョイ

大きな戦争と海面上昇のせいで荒廃した未来、恣意的に見たい過去を見るための装置を操るナビゲーター、ニックを惑わす謎の女を描いたSFサスペンス。
多くの都市が水に浸かってしまい貧富の差が拡大した未来、というディストピアな舞台設定は現実と地続きで悪くはない、と思ったんです。
いい意味で突飛すぎないんで、SFならではのとっつきにくさはない。
映像の纏う、どこか退廃的でノスタルジックな雰囲気も、進んだテクノロジーを古びて見せる効果があって、うまいなあ、と感じた。
非現実感を日常へ上手に落とし込んでるんですよね。
これで記憶潜入装置が存在しなかったら古き良き時代(80年代前夜ぐらいかな?)を描いた作品?と勘違いしてしまいそう。
SFが「真新しい瓶に注がれた年代物のぶどう酒」だとするなら、この手法は正しい、と思う。
ただ、記憶潜入装置というガジェットそのものがSFとしては相当に手垢、というのは間違いなくて。
もうね、このネタって80年代ぐらいからありますからね(もっと古いかも)。
それをどうやってこれまでとは違う切り口で見せるか?という点においては、なんの工夫も見られなかった、というのは確か。
おぼろげで陰影にこだわった映像を説得力に変えてやりすごしてる、ってのが実際かと。
つまりは、この作品って、SFであることに強くこだわってはいないんですよね。
SFの器を用いて、別のドラマを演出しようとしてる、というか。
なので私のようなSFに知的興奮を求める向きにはいささか肩透かし。
で、結局監督はなにをやろうとしてるのか?というと、これが古色蒼然としたメロドラマだったりする。
謎の女とそれを追う男のストーリーで物語は進んでいくんですけど、いや、ちょっと待て、ブライアン・デ・パルマかよ!と私は思わずつっこんでしまった。
ま、デ・パルマならデ・パルマでもいいんですけど、私がうんざりしたのはそこにやたらと粘着質で湿っぽい色恋沙汰というか恋愛感情を持ち込んだことにあって。
何故だか知らねど謎の女メイにニックが我を忘れて熱をあげちゃうんですよ。
いや、あんたたち依頼者と技術者の間柄でつい先日会ったばかりじゃん、って。
そこまでの深い結び付きを感じさせる何かが二人の間にあったか?と。
主人公が20代の若者ならまだわからなくはないです。
経験値のなさ故にのぼせあがってしまう、ってのはいつの時代も変わらぬものでしょうし。
ニック、どう見ても中年のおっさんで、下手したら初老だし。
おっさんがいい年して女に血眼とか、贔屓目にみても身を持ち崩す典型例じゃねえかよ、と。
まー、共感できない。
ヒュー・ジャックマン(ニック)しっかりしろ!とあたしゃ何度つぶやいたことか。
特に中盤以降なんて、なんの打算も見返りも求めぬまま、命がけで危地に突っ込んでいったりするものだから。
挙げ句にはだんだんニックがサイコパスのようにも見えてきて。
監督がやりたかったことは痛いほどわかるんですけどね、やせ我慢の美学が存在しないところにハードボイルドな苦味は感じられないし、好奇心が身を滅ぼすと理解しないおっさんの猪突猛進に人を愛する気高さは透けて見えてこないわけですよ。
おっさんが自己満足気味に緩やかな破滅を望む物語、というのが本質かと。
多分、そういう作品にしたかったんじゃないと思うんですけどね。
世界観は好きなんですけどね、正直なところ、私はニックのキャラがちょっと気味悪かったですね。
嫌なベタつき加減が怪作一歩手前まで迫ってるおかしな恋愛映画、というのが実状でしょうか。