イラン 2019
監督、脚本 ニマ・ジャヴィディ
取り壊されることが決定した刑務所から、新しい刑務所へと囚人を護送する最中に、忽然と姿を消してしまった一人の死刑囚の行方を血眼になって探す刑務所長の慌てぶりを描いたサスペンス。
なんで所長が血眼になってるのか?というと、本人、この仕事を最後に所長職を解かれ、昇進することが決まってるからで、スムーズに拝命を賜るためには失態をさらすわけにはいかない、というわけ。
囚人が消えました、などと報告しようものなら出世の道が閉ざされることは間違いない。
これ、日本でもありそうな話ですよね。
さらには建物の解体作業が間近に迫っており、時間の猶予もあまりない。
移送の手順や、職員の管理体制に不備は見当たらない。
なのに、煙のように消えてしまった一人の男。
舞台設定は完璧だった、と思いますね。
四面楚歌な状況を作り上げる上で完璧にお膳立てが整ってるというか。
ここからミステリにもできるし、コメディにもできる、もちろん真面目な社会派ドラマとしても通用するだろうな、と思えるシナリオライティングのうまさは玄人はだしと言えるんじゃないか、と。
消えた死刑囚が無実の罪に問われた男だった、という展開も「こりゃ生半可な覚悟じゃないな」てのが伝わってきていい。
所長の必死さが勝つか、それとも死刑囚の死にものぐるいな行動力が勝つか、知恵比べであり、根気比べの様相を呈しているんですよね。
ソーシャルワーカーの女性がなにか知ってそうな感じにしたのも、一見関係なさそうな小道具が重要な意味を持つように見せたのも謎解きのスリルを巧みに手助けしていて上手。
初めて長編映画に挑んだ新人監督がこれだけやれれば上出来だと思いますね。
欧米でもここまで仕上がってる新人の映画にはなかなかお目にかかれない。
ま、若干ね、演出が甘いというか、監督は役者をもっと追い込まなきゃ、と思う部分もあったりはしたんですけど、最後まで一気に見れるだけのテンションは維持してたんで、充分及第点かと。
個人的に、ちょいとひっかかったのは物語の落とし所であり、エンディング。
そんなところに居やがったのか!という驚きはもちろんあったんですけどね、それとは別に「そんな風に変節してしまえるものなのだろうか?」という疑問が少し残ったりもして。
いや、全く予兆も伏線もなかったものだからさ。
みんなが求めるストーリーの帰結はきっとこれだったんだろうな、というのはわかるんです。
多分、感動した、と言う人もたくさんおられることだろうと思う。
ヒューマニスティックなドラマとして、品質に一切の遜色はない。
でもそれならそれで、その境地に至るまでの心的葛藤を描いたプロセスを、それとなく忍ばせておいてほしかった、と私は思うんですよね。
わかりやすくなくていいんです。
あとから「あ、そういう意味だったのか」と気づくレベルでいい。
なんかね、最後の最後で突然あの人が別人みたいになっちゃってるんですよね。
私の場合、えっ、どうしたの?いったいあんたの中でなにがあった?といった戸惑いのほうが大きかった。
これはまあ、人によって受け止め方もさまざまなんでしょうけど。
かといって、別のエンディングがありえたか?というと「それだとあまりにビターになりすぎて無理」だったのかもしれませんけどね。
ひょっとしたらイスラム革命前の1966年のイランが舞台、というのが鍵なのかもしれません。
私はあまりにかの国の歴史に疎いからなあ。
しかし最近見たジャスト6.5(2019)といい、イラン映画、見ごたえある作品が続いてますね。
色んな縛りがある中で、検閲をかいくぐってでも作品を発表することをあきらめない映画人たちに賛辞を贈りたい気持ちでいっぱいです。
次作も期待してるからな、待ってるぞ。