仁義なき戦い

日本 1973
監督 深作欣二
原作 飯干晃一

敗戦直後の広島を舞台に、利権を争うヤクザ組織の血で血を洗う抗争を、主人公広能の目線を通して描いた群像劇。

言わずとしれた、ヤクザ映画の大転換点となった名作なわけですが、実は私、学生の頃に一度見て、全くピンとこなかった、という嫌な視聴体験がありまして。

以降、ずっと敬遠してた、というのが正直なところ。

えーと、仁義なき戦いのことは深く触れないでおこう、みたいな。

それを何故、今頃になってもう一度見てみようと思ったかというと、やはり孤狼の血(2017)が予想外に面白かった、というのがひとつ。

孤狼の血は仁義なき戦いへのオマージュ、と言われてますもんね。

孤狼の血が楽しめたのに、本家が楽しめないはずがないだろう、と。

千葉真一が急逝したのも大きかった。

千葉ちゃんは仁義なき戦いの2作目である広島死闘篇に出演し、強烈な印象を残した、などと言われてますから。

時代劇以前の千葉真一をよく知らない身としては、今更ですが、やはりチェックしておきたい。

だったらシリーズ1作目から見るしかないだろう、と思ったのがひとつ。

ま、ぶっちゃけ不安でした。

再視聴に及んですら、面白く感じなかったらどうしよう、と。

私は世間の評価がどうであれ、つまらないものはつまらないとはっきり書くことを信条にしてる人間ですが、さすがに仁義なき戦いをつまらないなどと言った日には、なにか大事なものが欠落してるやつなのではないか?とあらぬ疑いをかけられてしまいそうな気もして。

自分の審美眼に対する自信すら失ってしまいそう。

で、こわごわと再生ですよ。

2度目で駄目だったら、もうブログに感想書くのはやめておこう、などと姑息なことを考えたりしながら。

そしたら、だ。

開始10分で早くも前のめり。

なんだこれ、やたら面白いじゃねえかよ、とびっくり。

学生時代の私は、メガネの度があってなかったか、他のこと考えてぼーっとしてたかのどちらかですね、きっと。

メガトン級のバカだったな、と認めるにやぶさかではない。

やっぱりね、この映画って、戦後焼け野原な日本で、なにもないところから暴力でのし上がっていくしかなかった男たちの不器用さを、物悲しくも非情に描いてるのがなんとも痛ましくて胸を打つわけでね。

もちろんヤクザ映画ですから、どぎつい暴力描写もあるんですけど、根底にあるのははみ出してしまった人間たちへの哀歌なんですよね。

義理人情な任侠映画ではなく、至極現代的なカネと欲望にまみれた現実がここにはある。

そりゃ、革新的って言われるわ、と。

海外のマフィア映画とか、今でも本作と同じようなことを延々やってますしね。

仁義なき戦いは仁義なき戦いで、きっと海外を真似たんでしょうけど、この時点ですでにもう全部完成してる、ってのがなんとも凄い。

白眉なのは、まともな稼業じゃやっていけないからこそヤクザにまで身を落としたのに、挙げ句に待ち受けてるのは、非合法ながらもビジネスとして拝金主義に染まれと強要される広能の苦悩を描いたシーン。

大事な人の命がカネのために消えていくわけですよ。

そんなことのために臭い飯を食ってきたんじゃねえ、ってそりゃ普通なら言う。

ま、ヤクザものが普通なのかどうかはこの際、別の話として。

そりゃ人気爆発するわ、と思う。

犯罪者の映画ですけどね、広義に解釈するなら、誰かの懐を暖かくするために日々命を削る末端の労働者と搾取の構造は同じですから。

さらには、菅原文太、松方弘樹、金子信雄、梅宮辰夫らの素晴らしい演技、存在感があまりにも濃密でまさに昭和、って感じでね。

わざとヤクザを自由に泳がせていたGHQのたくらみすら透けて見えるリアルさは、裏戦後史を写実に描写してる、と言ってもいいでしょう。

評判に偽りなし。

再視聴してよかった、危なかった、とつくづく思った次第。

余談ですが、最近NETFLIXで見たアウトサイダー(2018)は序盤の展開といい、シナリオ進行といい、仁義なき戦いを模倣レベルで真似てますね。

感想を全部書き直したい気分だ。

監督、ファンだったのか?

それにしたってやりすぎだろう、と思うんだけど、アウトサイダー、ひょっとしてリブートだったの?

タイトルとURLをコピーしました