1984年初出 しりあがり寿
竹書房バンブーコミックス

初期のしりあがり寿の作品で面白い!と思ったものって私はあまりなくて、アングラなヘタウマパロディ漫画家でしょ?みたいな認識しかなかったんですが、ヒゲのOL薮内笹子(1986~)と並んで初めて爆笑したのがこの一作。
主人公は「満員の通勤電車でかならず空席をゲットして座る男」と地元で噂されるサラリーマンなんですけど、だからタイトルが流星課長、というのにまずはバカ笑い。
「流星」というタカラジェンヌっぽいお耽美な響きと「課長」というくたびれた現実に引き戻されそうな単語の組み合わせに、作者、すげえセンスだな、と。
課長が流星ってだけでもう、読む前からなにやらワクワクしてくる。
どう考えてもまともに展開する話なわけがない。
案の定、物語は、少年ジャンプのバトルものの定番をなぞるかのようにライバルが登場してきたり、見知らぬ他人と共闘関係が結ばれたりと、勝利の方程式に忠実なものだったりするんですが、それを帰宅時の電車内だけでやらかすというバカバカしさに私はもう、腹を抱えた。
帰宅時に座れないことがサラリーマンにとって死活問題だというのはよく分かるんですけど、そこにすべてをかけちゃってるナンセンスさ、思考停止な情熱の燃やし具合が、長時間勤務を強いられる日本の労働者の悲哀を逆説的に浮き彫りにしてて、なんか笑いながらも泣けてくる、というかね。
いやまあ、ほんとに泣くわけじゃないんだけれど。
席取りに情熱燃やす余力があるんなら、日常を変革する努力だってできるでしょうが、というつっこみが意味をなさないぐらいルーティンワーク化しちゃってるのがほんとに社会の縮図だよなあ、としみじみ考え込んじゃったり。
そんな漫画じゃないんですけどね。
で、極めつけが、流星課長は若い頃、伝説的グラムロックバンドのメンバー、マリリン伝次郎だった、というくだり。
鼻水が出るほど笑った。
しりあがり寿はなにもかも承知している、と思いましたね。
なんなんだ、この全てを見透かすような俯瞰する視点は、と。
見てたのか、俺のことを、と(そんなわきゃない)。
まだブラック企業とか、悪辣な会社組織が社会問題になる前の漫画ですけど、それでも前を向いて生きていかざるを得ない中年の痛ましさを徹底して笑い飛ばした快作。
たった1冊で終わってしまったのが本当に残念。
かといって、電車の席取りネタだけでこれ以上続けるのも無理かもなあ、と思ったりも。
着想の素晴らしさには感服せざるを得ない、瞬間最大風速だけはとんでもなかったギャグ漫画でしょうね。