ナツノクモ

2003年初出 篠房六郎
小学館ikkiコミックス 全8巻

架空のオンラインゲームの世界(ボード)を舞台に、精神動物園と呼ばれるカウンセリングを目的としたコミュニティを描くSFドラマ。

私はオンラインゲームをやったことがないんで、この物語がどこまで当時のプレイヤーたちの現実に即しているのかはわからないんですけど、設定自体は少し未来っぽい感じです。

ゲームにアクセスするために使用してるのが、視覚聴覚を遮断するヘルメットと両手のグローブなんですね。

いずれはそういう機器も開発されるんでしょうけど、現状コントローラーですしね。

そういう意味ではヴァーチャルリアリティをシュミレートした物語、と言えるかもしれません。

その割にはRPG的な中世的世界観に囚われすぎてるような気もしますけどね。

作者はデビュー作である空談師(2002~)でもオンラインゲームの世界を描いてたんで、当時、よほどこの題材に入れ込んでたんでしょうけど、はっきりいって相当難易度が高いプロットだと私は思います。

いやね、オンラインゲームじゃないですけど、私もプレイステーションには寝食忘れてハマりましたし、ゲーム廃人を代表するエピソード「私が行かないとみんな死んじゃう!」も昔はわかる気がしましたし、そこに創作のテーマを見出した漫画家の気持ちも想像できなくはないんですよ。

「なにかとんでもないことがおきてないか?」とあの頃は思いましたしねえ。

でもね、漫画で仮想現実をやるというのは「虚構に虚構を塗り重ねる」ことになっちゃうんですよね。

ひどく共感しにくいし、ひどく遠い。

重ね着した外套の上からかゆいところをまさぐってるような気分になってしまう。

どうしてもこれをやりたかったのなら、作中の現実世界と仮想空間をリンクさせるべきでしたし、対比する必要があったと思うんです。

だってみんな知ってますから。

電源切れたら終わりだよ、ってことを。

いくら不幸で悲愴だったとしても、ゲームのキャラクターという仮面をかぶった会話劇では覆面座談会以上にもどかしいし、悪い意味で自由度が高すぎる。

作者はドラマに真実味をもたせるために、ボードでの演出にありとあらゆる工夫をしてるんですけど、なぜそうまでして頑なに現実世界を描かないのかが私にはよくわかりませんでしたね。

リアルを明かさないことがミステリにはならないわけで。

最終巻でようやくプレイヤーの現実を、種明かしとばかり断片的に描いていくんですけど、遅すぎるわ、って話で。

作者がやりたかったことはゲームにハマった人ならみんなわかる、と思うんですけど、初動と設計、建築のすべてがコア層向けに偏ってる割にはコア層が好みそうなことはやってなくてちぐはぐ、というのが正直な感想。

ヴァーチャルリアリティを題材にするなら、更に一歩踏み込んでオープン・ユア・アイズ(1997)のような先進性を含み持たせるべきだった、と思いますね。

いや、トム・クルーズが後に「バニラ・スカイ」としてリメイクした映画なんですけどね、SFファンなら私の言わんとすることはわかってもらえる、と思います。

今はなきikkiだからこそ連載できた作品、という気がします。

残念ながら失敗作でしょうね。

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