アメリカ 2018
監督 マーチン・サントフリート
脚本 アンドリュー・ボールドウィン
終戦後の大阪で、ふとした縁からヤクザ者を助けたことにより、自らも極道人生を歩むことになるアメリカ人を描いた任侠映画。
日本のヤクザ組織(しかも昭和の)に外国人を放り込む、と言う発想、プロットは意外性があってよかったと思うんです。
任侠の世界に、まるで文化、価値観の違う「ガイジン」が馴染めたりするものなのか?という当然の疑問がそのまま作品への期待へつながっていたことは間違いない。
ましてや監督は名作ヒトラーの忘れもの(2015)を監督したマーチン・サントフリート。
そりゃチェックしますよ、って話だ。
つーか、監督、デンマークの人だけど、日本の暴力団、しかも昭和の大阪とか知ってるの?という疑問は当然あって。
大阪の地理的位置すらわからねえんじゃねえか?と思ったりするんですが(私だってコペンハーゲンがどこなのか地図上で指差せないし)そこは勉強したのか、それとも補佐する人が居たのか、日本人が見ても大きく違和感を感じないレベルにまでは仕上げてましたね。
これまであまたの珍妙な日本を拝まされてきた映画ファンとしては(ブラック・レインとかウルヴァリンSAMURAIとか)絵的におかしなディフォルメがない、中国(香港)と勘違いしてないだけでも上出来だと思います。
そりゃデティールにこだわりだすとあれこれ気になる部分も出てくるんでしょうけど、他国のおよそ75年前を、ここまで自然に描写できたら大したもの。
真摯に取り組んでることがそれだけでわかる。
配役をほぼ日本人俳優で固めたのも勇気あるなあ、と思いましたね。
だって監督は大阪弁と標準語の違いがわからないわけじゃないですか。
なにぶんヤクザ映画ですし、関東圏に住む日本人が話すおかしな大阪弁が少しでも混ざっただけで現実味が損なわれる、と思うんですよ。
特に関西人は「そんなおかしな大阪弁でキレるヤー公なんか、おらへんわ!」と絶対つっこむ。
これ、日本人の監督ですらわかってない人が居るぐらいなのに、そんなイントネーションの問題すらほぼクリアしてきてるときた。
役者に無理させてないんですよね。
もうこの時点で個人的には70点あげてもいいぐらい。
で、残り30点の内訳なんですが、やはり最大の難点は主演であるニック(ジャレッド・レトー)がキャラクター的にほぼ「のっぺらぼう」であることでしょうね。
ニックのこれまでの背景もみえてこなければ性格もよくわからないし、何を考えてるのかすらまるで想像できない。
ただ外国人であるという「記号」でしかないんですね。
いやいや、そこが一番大事でしょうが、と。
異国人がなにゆえ島国の任侠に心惹かれたのかを描かないと意味ないでしょうが、と。
なんとなく流されるがまま青い目のヤクザ誕生、って按配なんですよね。
どういう人物なのか、ようやく薄っすらと見えてくるのが1時間ほど経過してから。
遅いわ!って。
しかも情報を小出しにしたまま、それを着火剤にすることもなく、物語は「でもヤクザになっちゃんたんだからしょうがないじゃない」みたいな感じで余所の組との抗争へと突き進む有様。
ジャレッド・レトーほどの演技巧者をキャスティングしながらこの無頓着ぶりは、明らかに創作上の欠落である、と言えるでしょうね。
外国人の目線からみた日本の暴力団のおかしなしきたり、奇妙さをテーマにしなきゃわざわざこのプロットに取り組んだ理由が見えてこなくなる。
「それでもアメリカ人は日本のヤクザと運命を共にする道を選んだ」ってなってこそ、ストーリーも盛り上がるんであって。
ゆえに一人武闘派を貫くニックの生き様を追ったエンディングもいまいち心に響かない。
うーん、75点。
5点追加したのはジャレッド・レトーがこんなやりづらい役をそれなりに演じてたことに敬意を評して。
あ、採点しない主義なのに採点しちゃった。
なんとなくもやもやが残る映画、というのが結論。
終わってるようで終わっていないような感触を抱くラストシーンもなんだかなあ。
惜しい、の一言ですね。
仁義を外国人なりに解釈した作劇は評価したいと思います。