1972年初出 上村一夫
双葉文庫 全4巻
上村一夫の代表作と言ってもいい一作。
当初、10回程度で終わる予定だったシリーズが、あれよあれよと人気を博して最終的には80回に及ぶ長編に。
「同棲」は流行語になり、ドラマ化、映画化までされたというんだから読者の熱狂ぶりたるや半端じゃない。
高度経済成長期末期に、六畳一間?ぐらいの小さなアパートで同居生活を送る若い二人(20代前半)を描いた作品なんですけど、はっきり言って現代を生きる同世代の人達からすれば、なにもかもが別世界の出来事のように感じられるのでは?と思わなくもありません。
一緒に住むことのハードルは恐ろしく下がりましたからねえ。
ノリで同居、とか当たり前の時代ですから。
親も同棲してるからと言ってうるさく言ったりはしない。
むしろ、一度一緒に住んでおいたほうが結婚生活の予行練習ができて良い、みたいな風潮ですもんね。
そこに70年代ならではの、どこか背徳的で罪悪感を覚えるスタンスなんて微塵もない。
おそらくこの作品が当時大当たりしたのは、男女が共に暮らすのは結婚という前提ありきの時代に、あえてアンニュイでモラトリアムな同棲生活を選んだ主人公二人が、漫画の世界といえど、ひどくまばゆくて、新鮮に映ったから、なんでしょうね。
ただ、当然かつての日本社会はそんな二人や、同棲そのものを広く認知しているわけでは決してなくて。
安穏と生きるはずが、前時代的なモラルや収入の不安定な生活に足を引っぱられ、やがてはそれが、得体のしれぬ不安感や後ろめたさに形を変えて、二人を襲います。
なんかもう、常に物悲しいんですよね。
これを詩情というならきっとそうなんでしょう。
なんせ幾度となく繰り返されるフレーズが、
愛はいつも
いくつかの過ちに満たされているもし愛が美しいものなら
それは男と女が犯す
この過ちの美しさにほかならぬであろうそして愛がいつも涙で終わるものなら
それは愛がもともと涙の棲家だからだ
愛の暮らし、同棲時代
ですから。
いやいや同棲生活って、もうちょっと楽しいものなんじゃねえか?と思わずつっこみたくなるほど苦渋に満ちてる。
きっと私自身も、この作品の世界観に深いところで同調できてないんでしょうね。
70年代に青春を謳歌してないからなあ。
なんだか南こうせつの「神田川」の世界なんですよね。
「♪あなたの優しさが怖かった」的な。
結局の所、作品が訴えかけるのは、新しい時代を生きようとするも、旧習に縛られ、シビアな社会生活に絡めとられ、自由に羽ばたくことのできない鳥たちの悲哀なんだろうと思います。
そこには「愛だけじゃやってけない」という至極当たり前な容赦の無さが横たわってる。
一方的な想像ですけどね、いわゆる団塊の世代は涙なくして読めないんじゃないですかね。
ちなみに、世代的にストライクとは言えない私が、共感できないなりに唯一気になったのは、物語終盤の急展開。
いや、ヒロイン、あそこまで重篤に壊れないだろうと思うんですよ。
ちょっとね、精神医学に不案内すぎ、というか、やりすぎというか。
そうしなきゃ終われなかったのかもしれないですけど。(追記:文庫版は終盤の重要な経過となる数話がバッサリ、カットされてるとの情報をいただきました。アクションコミックス版を読まないと駄目かもしれません)
2021年に再評価するにはなかなか難しいものがある作品ですが、内容を脇においておくなら、昭和の絵師と呼ばれた上村一夫のシャープな線は、今見ても全然古びてないと思うんで。
あえて今読むなら、詩歌集的な感覚で、怖さと美しさの同居するカットを楽しむ、というのが正解かもしれません。