デスレス

2010年初出 六道神士
少年画報社ヤングキングコミックス 全12巻

人の時(しだ)を食う人妖に出会ったことで、大きく運命を変えられてしまう女子大生を描いた伝奇SF。

主に物語は、なぜか主人公女子大生の住む家の土地を狙う宗教団体(非合法な実力行使も辞さず)との、エスカレートしていく攻防を中心に進んでいくんですが、なんとも考え深いな、と私が思ったのは、人妖と出会ったことで人あらざる能力を得た主人公が、その能力をどうしてもフルに発揮できない「縛りの設定」ですかね。

普通の少年漫画ならここぞとばかりに超能力合戦、次から次へと強大な敵現る、みたいな感じになると思うんですけど、本作においては主人公が「極めて常識人」なことが足かせとなってまして。

「たとえ悪人でも殺したりとかしちゃ駄目でしょ」といった至極当たり前の一般人な感覚が、安易なバトルものに舵を切ることを許さないんです。

ま、言われてみりゃ確かにそのとおりなんですけど、なぜ多くの類似作がそういう方向へ行かないのか?というと、ひとえに「カタルシスを得にくいから」だと思うんですね。

読者は悪人どもをスカッとやっつけてほしいわけですから。

いちいち主人公に、敵を前にして悩まれた日にゃ、まどろっこしくしてしかたがない。

ところが本作の場合、そのまどろっこしさを逆手に取って、では殺さないための戦略とはどうあるべきか?という、思考実験にも似た「駆け引き」をシュミレートしようとしてる節がある。

これね、若年層の読者がどう感じるかはわからないんですけど、通り一遍でない戦いぶりがやたらと頷かされるものばかりで感心した、というのが私の素直な感想でして。

作者はものすごく頭使ってる、と思います。

なんだこれ詰将棋かよ、みたいな。

それでいてコメディタッチな演出も忘れない、ときてるんだからほんと恐れ入る。

乙金まどかのキャラなんて、出色の出来。

常に目の焦点があってない狂信者をギャグ漫画のお調子者みたいに描く着想には舌を巻いたし、笑いがとめどなく暴発した。

またもう、いちいち擬音の書き文字がすごくて。

ザムザムなんて書き文字、あたしゃ漫画で産まれて初めてみた。

で、この作品がとんでもないのは、宗教者と異能者のサイキックウォーズなのかな?と思わせておきながら、中盤から人妖そのものの不死性に焦点を当て、その生涯がいかなるものであったのか、過去を掘り起こしだした点にあって。

終盤、我々は宗教団体の存在すら前フリに過ぎなかったことを思い知る。

人妖とは果たして何者であったのか、そして主人公の住む土地に張り巡らされた結界とはいったいなんだったのか?

最後の数話なんてもう、時間と宇宙にすら言及する勢いで胡蝶の夢ですよ。

あたしゃ石川賢の虚無戦記シリーズが到達すべき場所は、実はここではなかったのか、とすら思った。

待ち受ける驚愕のどんでん返し、そして訪れる、これまでとは違うこれまで通りの奇妙な安息。

傑作。

10年代、最大の収穫といってもいい本格伝奇SFだと思います。

もう本当に長い間、こういう漫画は商業誌に登場してこなかった。

SF的アプローチが中途半端に終わったエクセル・サーガ(1996~)のリベンジ、とばかりに理路整然と絵図を書き、何度も推敲を繰り返したであろう形跡が見て取れる深謀をめぐらせた内容は、まさに六道神士の面目躍如、真価を発揮した一作、と言っていいでしょう。

男性読者向けのサービスが過剰だったりはしますが、それも連載を最後まで続けるための苦肉の策と思えばささいなことだ。

SFは売れないからね。

六道神士が紅殻のパンドラ(2012~)の人、と思ってる読者にぜひ読んでほしいシリーズですね。

エクセル・サーガも捨てがたいが、あえてこの作品を作者最高傑作と推す次第。

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