アメリカ 2020
監督、脚本 リー・ワネル

これまで、幾度となく映画化されてきた透明人間を、ブラムハウスプロダクションズがSAWの脚本家であるリー・ワネルを招いて再度映画化した作品。
一応原作はHGウェルズで、1933年に映画化された透明人間のリブート、という位置づけらしいんですが、1933年公開の透明人間なんて見てないし、原作も読んでなければ粗筋も知らないんで、どう反応していいものやらよくわかりません。
というか、あまりにも透明人間を題材とした映画が多すぎて、今更当作品の背景とか成り立ちとかどうでもいい、ってのは正直ある。
もはや定番のモンスターであり、異形のアイコンですよね、透明人間って。
透明人間ネタだけで21世紀に勝負しよう、などと考える事自体が無謀を通り越してもはや猿知恵の部類。
私がプロデューサーなら絶対に止める。
「は?透明人間?トム・クルーズのザ・マミー(2017)の大コケを知らないのか、お前は!便所の水で顔洗って出直してこい!」ってなもの。
あれだけの宣伝費と巨額の制作費を投じたダーク・ユニバースですらあのざまだったんだから、うまくいくはずがないでしょうが・・・と。
そしたらですよ、少し調べてみると、なんと「ダーク・ユニバースを単発でやりたい」とわざわざジェイソン・ブラムがユニバーサルに申し出たんだとか。
うーむ、なんなんだろこの自信。
なにかあるのか・・・?と勘ぐってたら、公開されるや否や批評家大絶賛。
マジか、と思いましたね。
にわかには信じられなかったりもしたんですけど、今回、手にとってみて、ああ、なるほどなあ・・・・と強く納得。
リー・ワネルがうまかったのは、透明人間を稀代の犯罪者、もしくはマッドサイエンティスト風に「世と相容れぬ病的異常者」にしなかったことでしょうね。
もちろんそこには、警察や国家組織との劇場型な駆け引きもなければ、血なまぐさい銃撃戦もない。
いうなれば透明人間の存在をミニマル化した、と言ってもいいんじゃないでしょうか。
ごくごく私的な理由のために、透明人間は透明人間というギミックを使いこなすんですよね。
簡単にいっちゃうならストーカー。
もはや自分から気持ちが離れてしまった女を再び囲い込むために、自分がこれまで研究してきた光学理論や、開発した設備を駆使して透明人間と化すんですね。
いやはやなんともちっちゃい男というか、幼児的というか。
できないことはおよそなさそうな「透明人間」なのに、その行動倫理が痴情のもつれになっちゃってるから。
しかしながらこれが想像していた以上にスリリングで。
考えてもみてください、透明人間と化した元カレが、行く先々でちょっかいだしてくるんですよ。
女の居場所を透明人間は知らないはずなんです(女は夜逃げ同然に逃げてきたので)。
しかも、透明人間になったであろう男は、女が逃げたあと死んだ、と報道されている。
えっ、じゃあ何?女の強迫観念が居もしない男を実体化(透明化?)させてるの?と見てて混乱。
シンプルに怖いし、虚々実々の演出が上手。
透明人間の物語に、まだこんな語り口が残ってたか、と素直に感嘆ですね。
さすがはリー・ワネルと言う他ない。
前作、アップグレード(2018)も秀作でしたけどね、傑作SAW(2004)をジェームズ・ワンと共に練り上げた才覚は錆びついちゃいない。
ただね、個人的に唯一残念だったのは主演女優にエリザベス・モスを抜擢したことですね。
実力派の女優さんだと思うし、本作でもすばらしい演技を披露してたとは思うんですが、この人ね、男から逃げ出したり、男の横暴に怯えるようなタイプじゃないと思うんですよね。
どっちかというと、いじめられるより、いじめる側の容貌だと思うんです。
実際のパーソナリティがどうだと言うことではなくて、あくまで私が受ける印象では、ですけどね。
眼力が強すぎるんですよね。
なので、見えぬ恐怖に怯えてはいても「この女は絶対腹に一物ある」とついつい勘ぐってしまう。
やられたままなわけがねえ、と。
そしたら案の定、ラストはああいう感じでしたし。
そういう意味で、意味深なラストにあんまり驚きはなかった。
やはりエンディングを強烈なカウンターとして機能させたいなら、いかにも弱々しく、男の言いなりになりそうな容姿(もしくはそういう演技を得意とする)の女優さんをキャスティングすべきだった、と思うんです。
それでこそギャップが活きるというもの。
監督がエリザベス・モスでそこまで作り込めなかった、ってことなのかもしれませんけどね。
まあ、欲張りすぎな意見かもしれませんけど。
透明人間というありふれた素材を、サスペンスの器に落とし込んだ秀作だと思いますね。
同じ方法論で古びたモンスターたちを蘇らせることも可能かも、と思ったりしました。
あと、真犯人をどう特定するか?という点で、少し判断材料が少なすぎるか、という気もしたんですが、それも含めてのエンディングであり、最終的な決断だと解釈するなら、一番怖いのは実は女だったといえるかもしれません。
うーん、よくできてる。