アメリカ 2019
監督、脚本 ライアン・ジョンソン
遺産相続に絡む骨肉の争いをミステリタッチに描いた、いわゆる探偵もの。
まず私が驚いたのは、この映画に原作が存在しない、ということ。
ライアン・ジョンソン監督のオリジナル脚本なんですよね。
アガサ・クリスティー風の推理サスペンスをやりたかった、と監督は後に語ってますが、いやはや私は素直に舌を巻きましたね。
そりゃね、マニアなミステリファンが重箱の隅をつつきだしたらいくらでも難癖つけられるんでしょうけど、シナリオライターでも小説家でもない映像作家がここまでのものを練り上げてきたら大したものだと思いますね。
当たり前の話ではありますが、ちゃんとトリックがトリックとして機能してるし、謎が至極論理的に解き明かされていく快楽がきちんと物語に備わってるんです。
意外と映画の場合、できそうでできてないケースが多いと思うんです、実際のところ。
むしろ原作ありきでも、きちんとミステリをミステリとして映像化至らしめぬ作品の方が高い頻度で目につく。
変に簡略化したり、大事なところが欠落してたり、作り手側自身が混乱してたり。
こりゃ快挙といってもいいと思います。
ライアン・ジョンソンは相当に頭がいい。
複雑に入り組んだストーリーを、とりこぼすことなくフィルムに焼き付けることに成功してる。
また私が感心したのは、序盤で事件の犯人が明かされているというのに、その知られざる裏側を暴いていく形で物語を最後まで牽引したこと。
普通なら絶対テンションさがると思うんですよ。
だって犯人を特定することそのものが、広義のミステリの楽しみ方であるわけですから。
それがどうしてどうして、全く観客の好奇心、探究心を損ねることなく「実はあなた方が見ていたものは世界の一部であり、断片なのだ」と知らしめてみせたのだから見事と言う他、ありません。
往年の名探偵ものを想起させる仕上がりになってるのも心憎い。
名探偵ポワロを思い出した人も多いんじゃないでしょうかね。
ああいうのはもう現在では通用しない、と思ってたんですけど(民間人が警察の捜査に堂々と介入することはコンプライアンス的にもう無理だと思うので)不思議と馴染んじゃってるんですよね、主役の探偵ブノワ・ブランが。
なんかもうずっと存在してたような気さえしてくるんだから、これはやはり時代を鑑みることなく「えっ、居るよ名探偵?!」と、しらばっくれてみせた図々しさと、キャラ作りのうまさの相乗効果というべきなんでしょうか。
ブノワ・ブランを演じるダニエル・クレイグの演技になんか笑ってしまった時点で、あたしゃもうこの探偵は「あり」と思ってしまった。
懐古的、という人もきっといるんでしょうけど、私はなんだか久しぶりに温故知新な本格ミステリを見た気がして、わくわくしてしまいましたね。
シリーズ化するみたいですが、ダニエル・クレイグの新たな当たり役になればいいね!と思います。
大勢のキャラをしっかり描き分けてコントールする手腕とシナリオの高い構築性が光る快作、見て損はない一作ではないでしょうか。