救命艇

アメリカ/イギリス 1944
監督 アルフレッド・ヒッチコック
原作 ジョン・スタインベック

第二次世界大戦下、魚雷を受けて沈没した客船から逃れ、救命艇へと泳ぎ着いた男女9人のあてなき漂流を描いた異色ドラマ。

今度はサバイバルサスペンスかよ、とその守備範囲の広さに見る前から感心したりもしてた私ですが、いささか早とちりでございました、これと言って不可解な事件は起きません。

そりゃいくらヒッチコックだからって、毎回ミステリな謎解きが待ち受けてるわけじゃない。

真に感心すべきは、ある種の密室劇であり、外部からサプライズ的にストーリーを盛り上げるすべもない(なんせ海の上なんで)のに関わらず、普通に面白いことでしょうね。

最終目的は誰かに発見してもらって救助を乞うこと、なんです。

わざわざ書くまでもない、当たり前の話なんですけど、それって要はオチが見透かせるってこと。

まさか9人全員が海の藻屑と消えてエンドロール、なんてことはありえないでしょうし。

難しい、と思いますよ、こういう映画って。

9人の会話劇が内容のすべて、になってしまいますもんね。

それを序盤数十分で、早くも前のめりにさせてしまうんだから、さすがは名監督というか、熟練の技というか。

原作が優れているせいもあったんでしょうけど、最後に救命艇にたどり着いたのが敵国ドイツの人間で、しかも彼の知識や経験則に頼るしか船をどの方向に進めて良いかすらわからない、といった作劇の縛りは見事だったと思いますね。

疑心暗鬼が狭い救命艇の中で蔓延していくわけですよ。

当然のように人権派もいれば、ガチガチの右派も船には居て。

なんせ戦時下なんで、アメリカ人がドイツ人ともめないはずがない。

敵に命をあずけることでしか窮地を脱することができない、となると、8対1の数の論理もひっくり返ってしまうってのが、なんとも皮肉なスリルを物語にもたらしてて。

そうこうしてるうちに怪我が原因で足が壊疽してくるやつはでてくるわ、赤ん坊を失っておかしくなっちゃう女はでてくるわで、全く緊張感のゆるむ暇なし。

また、ささやかな演出が本当に監督は上手で。

水葬のシーンをこんなふうに撮るのか、と感動させられましたし、見知らぬ男を勇気づけてやるためにためらいなくキスしてやる女記者のシーンなんて、かっこよすぎてため息が漏れた。

最後に待ち受けるどんでん返しも予想外、といっていいでしょう。

ドイツ人だから全て敵、というわけじゃないんだ、我々は信じ合うことも学ばねばならんのだ、みたいな落とし所が用意されてるのかな?と思ったら、想像以上にブラックなオチが待ち受けてて。

実際、戦争中に制作されたことも大きく影響してるんでしょうけど、うす甘いヒューマニズムをふりかざそうとしない現実的なエンディングには、この時代であるがゆえのリアルさを感じたりもしましたね。

若干ね、登場人物たちのキャラクターが極端に偏向してるような印象も受けるんですけど、こりゃもう時代だ、仕方ない、それをさしおいても充分楽しめる魅力がつまってる、と言っておきましょうか。

優れた密室ドラマだと思います。

あまり話題にのぼらない一作ですが、見て損はなし。

Lifeboat 1944

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