ゼロ・ダーク・サーティ

アメリカ 2013
監督 キャスリン・ビグロー
脚本 マーク・ボール

ゼロ・ダーク・サーティ

オサマ・ビン・ラディン殺害までの10年に渡るCIAの苦闘を、一人の女性分析官の目線を通して描いた社会派サスペンス。

公開されるや否や大きく話題になった一作ですが、それも納得の内容ですね。

そりゃアメリカ国民なら、9.11同時多発テロの首謀者が、どのような経緯をたどって発見、殺害されるに至ったか?を知りたくない人なんて居ないでしょうから。

脚色込みだとわかっていても「見たい」と思う気持ちは、他国の人間である私にだって十分理解できる。

問題はこの映画が、ほぼプロパガンダ映画である点でしょうね。

否定する人もきっとおられるんでしょうけど、大統領選挙の投票日直前にオバマの功績を称えるかのような映画を公開する、ってのがもうズブズブだし、実話だと一言も言ってないのに、上院議員やCIA長官代行が異例のコメントを慌てて発表するあたり、図星です、と自分から白状しているようなもの。

アカデミー協会メンバーがヒステリックに「本作には投票しない」と声明を出したのも異様。

CIAが全面協力したことでも有名な作品ですが、ま、間違いなく政局中枢におられるどなたかがシナリオに口出ししてるでしょうね。

「民主党に不利になるようなことは絶対にやらせない」的な。

それが証拠にこの作品には「悪いアメリカ人」がただの一人も出てこない。

テロを正当化したり、擁護したりするつもりは毛頭ありませんが、なにゆえアルカイダは勝ち目のない自爆テロを強行したのか、その背景、内面に関する描写がすっぽり抜け落ちちゃってるんですよね。

俯瞰する視点がないんです。

原理主義者な憎むべき悪人と、正義のアメリカ人、両極で単純なヒロイズムに寄り添って物語は進行。

とても当時の世界情勢を掘り下げてるとは言い難い。

ハリウッドじゃよくあることですけどね。

そこに嫌悪感を抱いちゃったりしたら多分もうアウト。

その人にとって、唾棄すべき一作になっちゃうことは間違いない。

ただ、困ったことにですね、プロパガンダ映画であるにも関わらず、この作品、やたら出来が良くてですね。

細部まで調べ尽くしてシナリオ書いてるのは見始めて30分もすれば理解できるし、それを死と隣合わせの緊張感で演出した監督の手腕もただごとじゃない。

なんとしてもオサマ・ビン・ラディンを捕まえてみせる、と執念の捜索に身を投じる主人公マヤの姿を見てると、外野の声とかどうでもよくなるレベルで胸が熱くなってくる。

なんせ10年ですよ、10年。

僅かな手がかりと、決して完全とは言えないプロファイリングからようやく居場所を特定する終盤なんて「ついにやったか!」と興奮はクライマックス。

舌を巻くほどにうまいんですよ、ビグロー監督。

これを面白くない、などと言うと完全に嘘になる。

ハート・ロッカー(2008)もすごかったですけどね、あれと同等、もしくはさらに緻密になった印象すら私は受けた。

2015年にシーモア・ハーシュ(ジャーナリスト)が発表した「ビン・ラディン襲撃作戦の嘘」についての記事や、スノーデンの暴露記事のおかげで今となってはさっぱり信憑性は薄れてしまいましたけど、エンターティメントとして見るなら一級品だと思いますね。

政治に利用されてる映画、というのを理解した上で楽しむのが正解かもしれません。

ビグロー監督のキャリアを振り返るなら頂点、そんな気がしなくもありません。

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