GENTLE GIANT

ぶっちゃけ、これ、どうしたらいいんでしょう、って音だと思います。

世界中に伝播した数あるプログレバンドの音楽性って、少数の特異なアルバムを除けば、ほとんどがイエスかクリムゾン、ELP、ないしはジェネシス、フロイドの影響下にあると思うんですよ。

地域性はあるにせよ、何にも似ていない独立系統のプログレって、ほとんど存在しないようにように思うんですね。

異論はもちろんございましょう。

ジャズロックとかドイツの実験音楽系とか社会主義圏のバンドとかを一緒にして考えるなら、ボーダレスに複雑怪奇すぎて手に負えないのは確かですし。

ただ、英国が起点になってる、というのは多くのリスナーの共通認識だと思うんです。

その英国でですね、完全に独立した音で後にも先にも似たサウンドが存在しない、というか誰にも真似できないプログレをやってたのが、このジェントル・ジャイアントではあるまいか、と私は思うんです。

私が初めて聴いたのは2ndであるAcquiring The Tasteなんですけど、はっきり言って、最初は何をやってるのかよくわからなかった。

やってることは間違いなくプログレなんです。

けれど、この音を解析する耳を、当時の私は持ち合わせていなくて。

じゃあ、今は持ち合わせているのか?というと、そうでもないのが歯がゆい限りなんですけど。

地味に盛り上がらない印象を受けたりもしたんですが、集中して聴くと、とんでもなく高度なことを恐ろしいテクニックで構築してたりする。

これみよがし、じゃないあたりにこのバンドのとっつきにくさがあって。

簡単言ってしまうなら「玄人ウケ」なんですけど、楽器をプレイしてた私のような人間ですら惑わされてしまうあたりに、玄人という言葉だけでは推し量れぬとんでもなさがある。

デティールにこだわりすぎるがゆえ、数秒の進行、一瞬のアンサンブルに凄まじい労力を注ぎ込んでいることだけは確か。

例えるなら、短編映画に最高の機材と、熟練のスタッフを揃え、おしみなくCGを駆使し、当代最高の演技をする役者に演じさせた一編を8作並べてみました、って感じ。

どこの偏執狂か、って話ですよ。

さらに怪物的なのが73年に発表された4thであるOctopus。

偏執的なまま楽曲の精度をさらに上げ、構築美の向こう側に別の情景を現出させてみせた。

なんかすっとぼけた印象もあったりするんですけどね(これはヴォーカルの声質、唱法のせいか)、だまし絵と気づかぬままだまし絵を、すばらしい写実画、と称賛してしまいそうになる狡知な計画性がある。

ちょっととっつきやすい印象を受けたりもするんですよ。

もちろん、それって罠なんですけど。

ただ、罠と気づいたときに、湧き上がってくる感情が「騙された」ではなく「これは別の扉を開けるための鍵だったのだ」なんですね。

もうね、声が漏れます。

ああああああ、今の何、何したの今!みたいな。

トータル35分がどんな長尺のアルバムよりもギチギチに濃密に感じられる傑作でしょうね。

Octopusすら通過点だったのか、と腰を抜かすのが7thであるFree Hand。

もう、誰にも手が届かない場所へと到達してます。

めぐるましく展開するボーダレスな音楽性はそのままに、複雑怪奇さをキャッチーな色使いで染め上げてみせた最高傑作じゃないですかね。

もう、なにをやっても驚かねえぞ、と思ってたのにも関わらず、プログレそのものを解体して再構築した末の音を提示されてしまっちゃあ、開いた口も塞がらない、って話で。

誤解を恐れずに言うなら、プログレが進化に行き詰まった袋小路に顔をのぞかせた一瞬の表情が、このアルバムじゃないかと私は思います。

なんだよ、全部終わっちゃったじゃないかよ、と当時は思ったりもした。

In A Glass House(1973)や The Power And The Glory(1974)も優れた作品。

時間をかけて、じっくり順を追って聴いていってほしい、と思いますね。

集中して対峙することをおすすめします。

それでもピンとこない人は必ず一定数発生するんじゃないか、と思いますけど。

それこそがメジャーなのにメジャーになりきれなかったこのバンドの悲哀かと思いますが、即物的な感覚だけでは理解できない、底知れぬ深みこそがプログレの特異点たるGENTLE GIANTの凄みかと思いますんで。

沼ですね。

どうぞ足を取られてください。

そのまま沈んでいってしまうのももちろんアリだ。

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