スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム

アメリカ 2019
監督 ジョン・ワッツ
脚本 クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ

スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム

なんせアベンジャーズ/エンドゲーム(2019)の次に来るMCU作品ですんで、いったいあの大活劇のあとの混乱、癒やされぬ心理的ダメージをどう収拾つけていくつもりなのか、私は少なからず注目していたんですが、うーん、期待に答えてくれるほどのものはなかった、というのが正直なところですかね。

オープニングの数分でこれまでの流れをさらっとまとめて「この件に関しては終わり」でしたし。

おい、マジか、と。

いやいや、もうシリーズに登場しないのはあの人だけじゃないよ?って。

あの人のことだけで話は進んじゃってるけども。

色々大変なことがたくさんあったじゃない?仮にもアベンジャーズの一員だったんだから、他にもっと思うことはいっぱいあるはずでしょ?ねえピーター・パーカー?って。

完全に「喉元すぎれば暑さ忘れる」状態。

普通に高校生活を満喫しちゃってるんだもの。

気がつきゃMJの尻を追っかけ回してる始末。

いやね、アホなのかピーター・パーカー、と思った。

身近な人が何人か去ってるのに、まあ、それはそれで過ぎたことだし、ほら、僕はまだ高校生だし、それよりもMJのことのほうが大事だし、って、感受性に大きな欠落があるというか、他者を思いやることの出来ない精神的な問題を抱えているのか?って。

そんな人間にヒーローなんてやらしてる場合じゃねえぞ!とあたしゃ怖くなりましたよ。

そりゃね、制作側の意図はわかりますよ。

エンドゲームが深刻で悲劇的内容だったから、今度は明るく楽しく、とでも思ったんでしょう。

でもね、仮にもシリーズ物なんだったら前後の文脈ってのがあるだろうが、と私は思うわけです。

文脈無視で唐突に、甘酸っぱくも心躍るキャンパスライフを全開でぶちかまされてもですね、ついていけないわけですよ。

これまでの流れを無視しないなら、なんて幼いんだろうこの青年は、といった落胆しか残らない。

しかも最終的に物語の帰着する場所が、サム・ライミ版スパイダーマン(2002)の一作目と同じ地点である、というのがなんともまた。

リブートして2作も撮って、ようやく旧スパイダーマンと同じところにくるわけ?と脱力。

まあいい、いいよ、あえてこれはこれで別物、と解釈しよう。

ティーンエイジャー向けのファンタジーと無理やり納得しよう。

そしたら今度は、敵があまりにしょぼい事に欲求不満を感じてくるんですね。

ジェイク・ギレンホールという実力派の曲者俳優をキャスティングしておきながらこのザマかよ、と思うと情けなくなってくる。

またMJとピーターのラブロマンスを演出するのがなんとも不器用で。

MJ、ほとんど飾りですよ。

彼女の心情の変化を全く追えてないばかりか、ドラマチックに場面を盛り上げることもできてない。

スパイダーマン2(2004)のあの見事な駆け引きと劇的演出を見習え、という話だ。

唯一すごかったのは恐ろしい数のドローンが大挙して襲ってくるシーンですかね。

これは近い将来の戦争の形をなぞっているかのようにも見えて、妙に現実味があった。

でもそれって、物語とは深く関わってないしなあ。

この路線で続ける限り、私がスパイダーマンを見るのはこれで最後になるかもしれません。

酷い出来だとは言いませんが、MCUのラインナップとしては雑だし、大人をも惹きつけるなにかがあるとは思えないというのが総論ですかね。

もう、ディズニーとは決裂してソニー単体でやっていくほうがいいのかもしれない、と少し思ったりもしました。

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