アメリカ 1979
監督 フランシス・フォード・コッポラ
脚本 フランシス・フォード・コッポラ、ジョン・ミリアス

軍規を無視して、ベトナムのジャングル奥地で私設軍隊を率いるまでに増長したカーツ大佐を暗殺すべく、軍上層部より密命をうけたウィラード大尉の戦場探索行を描いた戦争映画。
ちなみに私が見たのは特別完全版と題されたDVDなんですが、まー長い。
恐るべき長さ。
なんせ3時間22分ときた。
3時間超えで延々戦火のベトナムですよ。
マジで体力もっていかれる。
それほど悲惨で残酷なシーンが続くわけじゃあないんですけどね、常時戦場の狂気にさらされ続けるのは確かなんで、とかく気持ちが疲弊してくるというかね。
前半のサーフィンにとりつかれた指揮官のくだりぐらいまではまだ笑っていられたんですが、映画はそこから余裕で2時間以上ありますから。
未公開シーンも含め、全部見せきりたかった監督の意図はわかりますが、もう十分伝説の映画なんだから、そこまでサービスしてくれなくていいよ、と少し思ったり。
やっぱり内容が内容だけに、ブラッシュアップしたほうがストレートに伝わったのでは、と思える部分も多々ありましたね。
あまりに有名なワーグナーの劇伴や、DOORSで始まるオープニング、常軌を逸した混沌を演出する手腕等、見どころは満載なんですけど、やっぱり最大の争点はみなさんがおっしゃるとおり、エンディングでしょうか。
これをすごいという人の気持ちもわからなくもない。
その反面、あまりに観念的で、戦争映画として積み上げてきたものが最後に別の方向を向いちゃったな、という気がしなくもない。
コッポラが狂気の行き着くはてをこういう形で落とし所としたのは興味深いですが、あまりに何も語ってくれない(よくわからないことを延々饒舌に語る)んで、うまくつながらないんですよね、それまでとエンディングが。
やってることは「神話の創出」である、とも言えると思うんです。
けど、ベトナム戦争が神話を創出してしまった、と解するなら、戦争そのものの意味が少し変わってくるようにも思うんですね。
黙示録ではなく、創世記になってしまう。
そのあたりをどう考えていたのかが、私にはちょっと読めない。
青年の映画だ、なんてちょっと思ったりもしました。
ベトナム戦争を題材に、こんなことをやらかしてる映画なんて他にはないと思うし、つくづく普通じゃないとは思うんですが、なんだかしっくりこない映画というのが私の総評。
駄作だとか、出来が悪いとか、そういうのとは全然違うんですが、壮大さが戦争そのものを飛び越えて別な場所へ行ってしまった印象ですね。
作家性みたいなものは強烈だったと思います。
これが売れてしまうのか、80年代前夜・・・という驚きも同時にありましたが。