アメリカ 2019
監督、脚本 ジーク・アール、クリストファー・コールドウェル

宇宙時代を迎えた未来、危険を顧みず、汚染された惑星の希少な宝石を発掘すべく流浪する父娘を描いたアドベンチャーSF。
なんで父娘が親子揃って山師みたいなことをしてるのか、一切説明がないのでわからないんですが、どちらかというと娘はそろそろ落ち着きたい、でも親父がイケイケなもんでしかたなくつきあわされてる、ってのが物語基本の構図っぽい。
で、えてして欲をかきすぎるとろくなことにならないというのが世の常でございまして。
娘、目的の惑星に降り立ってまだなんにもしてないうちからとんでもない目にあっちゃいます。
もはや発掘どころじゃない。
親父にも頼れる状況にない。
惑星から無事生きて帰れるかどうかの瀬戸際。
この窮地を少女はたった一人でどう切り抜けていくのか?が作品のあらまし。
ああ、なんだかすごく懐かしい感じのするSFだなあ、と思いましたね。
80年代っぽいというか。
スタートレックのような宇宙大航海時代はもうやってこない、とみんなわかっちゃったんで、いつしかスペースオペラもほとんど作られなくなりましたが、この映画からは「まだ宇宙には可能性がある」と誰もが信じてた頃の匂いがするんですよね。
SFが現実との合わせ鏡であり、想像力の文学だとするなら、こんなの所詮レトロで懐古主義的なファンタジーにすぎない、と識者からは切って捨てられちゃいそうですけど、久しくこんなこと誰もやってなかったんでね、 生粋のSF好きとしちゃあどうしても頬がほころんでしまうわけで。
19世紀半ばのカリフォルニア・ゴールドラッシュに狂乱した採掘者たちのドラマをSFに換骨奪胎した、などと言われたりもしてますが、わからなくもないですね。
特に、敵と呉越同舟をやむなくするくだりなんて西部劇っぽい、と思ったりもしますし。
監督が上手だったのは、地上では呼吸もままならない決死のサバイバル行を非力な少女に強いたこと、及び、採掘の成功が生きて帰れることと同義ではないとしたことでしょうね。
そこに古めかしい物語をSFに変換した醍醐味がある。
まあ、低予算映画ですんでね、どうみてもこれ近所の森だろ、とか視覚的なつっこみどころはいくつかあるんですが、二転三転するシナリオの出来がいいんでそれも許せなくはない。
もっともらしく見せるための小道具や舞台設定へのこだわりも好感触。
あまりスケールの大きさは感じられず、どちらかというと小品かとは思いますが、潤沢な資金さえあれば大化けしたんじゃないか?と思わせる映画ではありましたね。
良作だと思います。
あの頃のSFが好きだった人は琴線に触れる一作となるのではないでしょうか。