イギリス/ヨルダン/カタール/イラン 2016
監督、脚本 ババク・アンヴァリ

イラン・イラク戦争下のテヘランに住む母娘が遭遇した怪異を描くホラー。
この映画が特異なのは、なんと言ってもその舞台設定でしょうね。
戦時下の中東を舞台としたホラーなんて、私の記憶する限りではお目にかかったことがない。
監督はイラン出身の新鋭らしいんですが、政治色の強い作品が多いかの国においてすら映画文化の多様化が進んでいるというのはなんとも感慨深い。
なぜこの作品がアカデミー外国語映画賞のイギリス代表に選定されてるのか、よくわかりませんが、おそらくイギリスの制作会社が一番出資してる、ってことなんでしょう。
内容的にはイラン映画、といってほぼ間違いないように思います。
撮影はすべてイラン国内で行われていて、イラン人しか出てきませんし。
物語のジャンル的には、いわゆるホーンテッドハウスものの集合住宅ヴァージョンと考えていいかと思うのですが、興味深いのは恐怖の図式がイランの社会情勢、文化をベースとして成り立っていること。
得体の知れない悪意を放つ存在が、アラブ人の間で古くから信じられてきた魔物である「ジン」であったり、ストーリーが、戦争に反対する運動に参加したがために望む道に進めなかった母親と娘の迎えた顛末であったり。
恐怖におののき、取り乱して室外に逃げ出した時ですら「肌が露出している!」と官憲にとっつかまるなんて、イスラム文化圏以外じゃありえないと思うんですよね。
怖さ以前に、イランでは当たり前であろう日常がホラーの文脈においては妙に新鮮だった、というのはありました。
いきなり空爆されてアパートの最上階に大穴が開く、といった戦時下ゆえの非日常的光景も逃げ場のない袋小路を演出する上で効果的だったように思います。
非常時だからこその不穏さが死の影の色合いを濃くしていくんですよね。
しいてはジン=迫りくる軍靴の響き、という穿った解釈もできそうに思えてくるのが秀逸だった。
残念だったのは、恐怖の煽り方にさして工夫がなかったことと、なんとなく投げ出すような感じで物語の幕引きをはかってしまったこと。
このエンディングだと、結局ジンってなんだったんだよ?ともやもやが残ったままになっちゃう。
伏線らしき筋立ても未回収のままでしたしね。
作品のもう一つのテーマである「疑心を抱えた親子関係の再構築」もあんまり上手に仕立て上げられたとは言えない。
これ、もしアメリカを舞台にした作品だったら凡作の烙印を押すことに私はなんのためらいもなかったでしょう。
そういう意味じゃ得してますよね。
中東ホラーという独自色が不器用さを覆い隠してる。
昨今、活躍目覚ましいアスガー・ファルハディやジャファル・パナヒ監督あたりと比べたりしちゃあいけませんが、器のユニークさが料理そのものの味を違って感じさせる一例ではあった、と思いますね。
ホラーファンはチェックしてみてもいいんじゃないでしょうか。