ハンガリー/ドイツ/フランス 2007
監督 タル・ベーラ
原作 ジョルジュ・シムノン
ジム・ジャームッシュやガス・ヴァン・ザント監督がリスペクトを公言するハンガリーの重鎮、タル・ベーラが手がけたサスペンス。
さてタル・ベーラなんですが、映画マニアを中心に熱狂的なファンが世界に点在する監督として知る人ぞ知る伝説的存在なわけですが、正直なところ私はかなり警戒しておりました。
彼を有名にしたのは00年に発表されたヴェルクマイスター・ハーモニーなわけですが、これね、色んな人のレビューを見てる限りでは相当難解でシュールな内容っぽい。
さらに私を及び腰にさせたのは国内未公開の94年処女作、サタン・タンゴについての諸情報で、なんとこれ7時間半の大作な上、ヴェルクマイスター・ハーモニーの雛形とも言える実験作であるとか、そうじゃないとか。
で、次に発表されたのが本作「倫敦から来た男」でして。
もうね、やばそうな匂いしかしない。
映画とアートの共生を否定するものではありませんが、私が映画に求めるものって、やっぱり物語なんで。
物語ありきの前衛ならまだしも許容できるんですが、物語そのものを解体されたりしちゃうとやっぱりきついですし。
しかも一貫して自分の監督作はすべてモノクロ、ときた。
こだわりが火を吹いてそうじゃないですか、ねえ、そこのあなた。
うわー最後まで見れるのかな、俺?と恐る恐る見始めた、ってのが実際だったりするんですが、やはり映画についてあれこれ書いてる以上、いつまでもスルーしたままというわけにもいかないですし、気合い入れて対峙したわけですよ、今回。
そしたら、だ。
これがね、意外や意外、思ってたよりずっと普通でなんとも拍子抜け。
ストーリーだけを追うならむしろシンプルと言っていいかもしれない。
わかりやすい、と言ってもいい。
原作が存在することが影響してるのかもしれませんけどね、身構えるほどのことはなにもなかった、というのが正直なところ。
ただね、問題は監督のこだわり抜いた撮影技法にありまして。
もーなにがすごいって、長回しがすごいんです。
延々アングル変わらないまま10分とかザラ。
しかもそれがロングショットだったりもする。
さらに驚愕なのは、138分の作品なのに、60分を経過した段階でセリフが10行ほどしかない点。
内容を把握するのに余裕で60分の視聴を必要とする、ってどんなサスペンスなんだ!って。
立ち上がりがスローモーなのにも程がある。
そりゃね、陰影を巧みに利用した映像美は朴念仁な私にも伝わってきましたけどね、それをじっくり堪能してる間に寝オチしそうになるって話で。
どこか近年話題のスローシネマに通づるものを感じましたね。
いや、そりゃもう、きっとタル・ベーラが先駆けなんでしょうけどね。
どこか60年代の犯罪映画を思わせるラストシーンは割と好きなんですが、私の感触としては方法論と題材が噛み合ってない印象をうけましたね。
サスペンスなんですし、ハッタリかましてスリルを助長するぐらいの過剰演出があってもいいと私は思うんですよ。
え?わかってない?
すいません、私には無理かもしれません、タル・ベーラ。
機会があれば彼の最後の監督作品でありベルリン銀熊賞を受賞した、ニーチェの馬(2011)を見てみたい、とも思うんですが、この作品に限って言うならマニア向け、というのが本音ですかね。
せめて私があと20歳も若ければ違う受け止め方もできたのかもしれませんけどね、70~80年代のソビエト映画とかアウトな人は多分ダメ、というのは間違いないと思います。
やっぱり東欧というか共産圏って、時間の流れかたを知覚する体内時計のモデルが違うのかなあ、なんて、漠然と思ったりしましたね。