ロシア 1979
監督 アンドレイ・タルコフスキー
原作 ストルガツキー兄弟
ある日突然、街中に現れた不可侵領域「ゾーン」への侵入を試みる男たちの物語。
さて、ゾーンが一体なんであるのか、詳しくは作中で語られていません。
隕石の落下後に産まれた空間だとか、そうじゃないとか。
わかっているのは何も知らずにゾーンに侵入すると、帰ってこれなくなる、ということだけ。
目に見えるままに進んでいては目的地にたどり着くことはおろか脱出も不可能なんですね。
単純に考えて、ゾーンの中では空間が歪んでる、と捉えるのがわかりやすいかも。
ではなぜ男たちはそんな危なっかしい場所にわざわざ侵入しようとするのか?
それはゾーンの深奥に「何でも願いを叶える場所がある」との噂があるから、なんですね。
設定のみに着目するならどこか寓話っぽいテイストもあるSFと言っていいでしょう。
国内活字SFの大家、小松左京が似たようなプロットの小説をいくつか発表していたなあ、などとふいに思い出したりも。
ただまあ、そこはタルコフスキーですんで。
普通にSF映画だと思って視聴に望んでいては大きくしっぺ返しを食らうことは間違いなし。
とりあえず、前半のシナリオ進行は悪くはなかったんです。
軍の警備をくぐり抜けてゾーンへと向かう3人を追う展開は、それなりに緊張感もありましたし、動きもあった。
セピア色に加工された映像も異世界を現出する上で悪くなかった、と思います。
薄暗い質感がゾーンの存在する世界を観客に信じ込ませる効果を助長していた、というか。
辛くなってくるのが後半。
基本、SFXとかそれらしいガジェットとか一切ないんで。
ゾーンに侵入してからの映像が、単に廃墟で3人のオッサンが戯れているだけにしか見えない、という。
またセリフがいちいち観念的だったり哲学的だったりで。
いやね、はっとする美しい映像がないわけじゃないんですよ。
けど、それだけで163分はやっぱりもたない。
ひたすら睡魔と格闘することを強いられるのはいつものタルコフスキー映画おなじみのパターン。
もう、120分超えたあたりでSFだとかゾーンだとかどうでも良くなってくる。
で、エンディングがこれまたなんとも暗示的で。
あーこれはSFの意匠を借りて文学をやりたかったんだな、と私なんかは思った。
当時のソビエトの管理された社会情勢や、そこに暮らす人々の生活に目を向けるならこのエンディングはきっと意味深く、感じ入るものがあるんだろうな、というのは想像に難くないんですが、あまりに遠回しで、スッキリしないものだからどうしたってエンターティメントの尺度で測れない、ってのはある。
独特です。
それは確か。
高い作家性も感じる。
けれどやっぱり眠い。
おそろしく眠い。
この半分の長さだったら俄然評価も変わってきたように思うんですが、多分それだとダメなんでしょうね、譲れないんでしょうね、監督は。
やっぱり鬼門かも、と再認識したタルコフスキー作品でしたね。
あと1本ぐらいは見てみたい、と思うんですが、この調子ではまだまだ先のことになりそうです。