デス・レース2050

アメリカ 2017
監督 G・J・エクターンキャンプ
脚本 G・J・エクターンキャンプ、マット・ヤマシタ

デス・レース2050

B級映画の帝王、ロジャー・コーマンが製作総指揮を努め、自らが1975年に制作したデス・レース2000をセルフリメイクした作品。

なんで2000が2050になってるのかはよくわかりません。

多分2000年がもう過ぎちゃったからだと思う。

なんせロジャー・コーマンだからそんな細かいこと、さして気にもしてないんじゃないかと。

じゃあ今回はキリよく50で、みたいな。

オリジナルは未見なんで、比較はできないんですが、まあ多分ね、検証するほどのこともないと思います。

もー今時清々しいほどのB級路線を今回も貫いてらっしゃって。

全編つっこみどころ満載。

設定は適当だわ、キャラはアホだらけだわ、ガジェットはチープだわ、各種デザインは昭和の少年漫画レベルだわで。

バカ映画に分類してもさほど問題ないんじゃないのか?と思えるほどのはじけっぷり。

いちいちどういう内容なのか説明する気にすらなれん、といいますか。

まあ、いいからとりあえず見なさい、と。

見たら全部わかるから、って感じ。

おそらく、ダメな人は冒頭10分でダメでしょうね。

中には客をバカにしてるのか!と、怒り出す人もいるかもしれない。

けれど、そんな軽挙妄動を地で行くコテコテ感の最中にあって、私がちょっと感心したのは「アンチヒーローを描く物語としてかなめとなるものは一体何であるのか」ということを完全にロジャー・コーマンは理解している、と思えた点ですね。

いわく、秘密を抱えたヒロインの存在であったり。

レースにしか興味のない主人公の、気持ちの移り変わりをじっくり描くことであったり。

本当になすべきことを知った男が最後にとった行動の痛快さであったり。

いや、ほんとにね、疑う余地なく安いエログロバイオレンスなのは間違いないんですけどね、意外にも結末にカタルシスがあったりするんですよ、これが。

ストーリーの核となるものだけを抽出するなら、今でも大なり小なり似たようなことをやってる映画は大量にあると思います。

なにが違うのかというと、どう肉付けしていくか、という部分だけなんですね。

そこはリアリズムであったり、デティールであったり、演出方法であったり。

ロジャー・コーマンはそのあたりが本格志向じゃないだけで。

そりゃ傑作なわけがないです。

これを傑作よばわりしてしまったら私がこれまで書いてきたことが全部嘘になってしまう。

しかしながら、低予算でシンプルに楽しめるものを作ることを標榜する彼の創作姿勢を鑑みるなら、これはこれで正しい、と私は思ったりもするんですね。

とりあえず91歳でこんなバカ映画プロデュースする体力がある、ってだけで脅威ですよ。

「だってみんなちょっとエッチで暴力的で爆破シーンとかある映画、好きだろう?」とロジャーがほくそ笑んでる姿が目に浮かぶようです。

映画は娯楽、と言い切る生けるレジェンドの面目躍如たる一作ではありましたね。

余談ですが、あのマルコム・マクダウェルが敵の親玉役で出演してます。

時計じかけのオレンジファンは変な期待しないほうがいいですけど。

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