アメリカ 2007
監督 コーエン兄弟
原作 コーマック・マッカーシー
80年代のテキサスを舞台に、麻薬がらみの金を偶然手に入れた男とそれを追う殺し屋、老保安官の三もどえの追走劇を描いたクライム・サスペンス。
まあなんと言ってもこの映画は殺し屋を演じたハビエル・バルデムにつきますね。
トミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官やジョシュ・ブローリン演じる主人公も、コーエン兄弟ならではのキャラ作りのうまさで強い存在感を放ってはいるんですが、それもバルデム演じるシガーを前にしては全部食われ気味、と言っても過言ではない。
結局この作品って、それぞれの登場人物が、それぞれの価値感、倫理感をぶつけあう、ルール無用のつぶし合いを主題としているように思うんです。
暴力に長けているとか、組織力でカバーとか、そういうことじゃないんですね。
誰がより独創的で他を寄せつけぬ行動規範をその内に抱えているか、その内面をさらけだした勝負をただ追うことに焦点はあてられてる。
ま、主人公はなかなかがんばった、とは思います。
根拠不明な自信過剰があわや勝利するのか、と思わず前のめりになった瞬間もあった。
しかしまあ、そうは問屋が卸さないわけで。
情け無用に滅茶苦茶やってるのに本人の内ではちゃんと理にかなってる(と確信してるに違いないように見える)風なシガーの唯我独尊ぶりときたら、まさに向かうところ敵なし。
大きなテーマとしては、古き良きアメリカの精神性が崩壊してしまったことに対する嘆き、みたいなところに落ち着くんでしょうけど、それに対するカウンターがシガーである、ってのがなんとも強烈過ぎる、と私は思うわけで。
80年代にしてそこまでアメリカはぶっこわれてしまってたのかよ、と。
シガーの風貌や小道具もよく考えられてた、と思います。
どう見てもピンカラ兄弟の宮史郎にしか見えないオッサンが、captive bolt pistol(屠殺用の空気銃)をボンベごと持ってうろうろする、ってほんと凄い絵だと思うんですね。
なんかもうストーリー云々を飛び越えて、シガーの異形性だけで最後までおいしくいただける、ってな感じですかね。
もちろん、ストーリーの精緻さ、隙のない構築性は半端じゃないんで、そこがおろそかであるというわけじゃないんですけど。
で、肝心な賛否両論のラストシーンですが、これ、私の感触では多分、考えるだけ無駄だと思います。
セオリーどおりの切り口ではそこに答えは見出せない。
ただ、視点を変え、キーワードとして「事故」を念頭におけば、おぼろげながら見えてくるものもあるかもしれません。
近代化が進んでいくことが不条理な化け物を産むとするなら、シガーの顛末はいったいなにを暗示していたのか。
一気に全部つながるかどうかはあなた次第。
まあ、あえてわかりにくくしてる部分はあると思うんで、そこは意地悪いなあ、と思ったりもするんですけどね。
デティールにこだわると見えてこない、とだけ。
ネタバレするんでこれ以上は書けません。
ここ数作、やや低調だったコーエン兄弟の息を吹き返したような一作であることだけは間違いなし。